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和の心

和の心  「共生」とは。

  にほんよいくに② 元春日大社宮司葉室頼昭著より   お母さんは、毎朝、神さまや、ご先祖さまに、ごはんを、さしあげて、「ありがとうございます」って、言っているよ。 よくわからないけど、ボクもマネしていたら、「えらいわねぇ」ってほめられちゃった。 うれしくなって、毎日やっていたら、「ボクたちは、神さまたちに、守られているんだな。」って思うようになったんだ。 妹や弟も、みんなマネをしているよ。   我々の祖先が伝えてきたことは、世界に誇るべき素晴らしさが、たくさんあります。 その一番大きなことは「共生」という生き方です。 共生とは、ただ単に自然といっし...

Wago(和合)

  「和」というと、なんとなく江戸時代っぽいイメージを持っているような気がします。 しかし、日本はとても古い国です。 だから、その素地はもっともっと古くから積み重ねられてきていて、そして私たちが気づかないところでも、素晴らしいものが密やかに花開いているのだ、と「有職故実」の研究をしている八條忠基先生のお話を聞いて感じました。 先生は本当に博識です。 そしてそのお話は目の前で美しく素晴らしいものを広げられているようで、とても興味深いのです。 そんな先生の連載が次号の19号から始まります。乞うご期待! (Wago FBより:https://www.facebook.co...

「心と姿」  和の心

  「姿は似せがたく、意は似せ易し」 (外見をまねるのは難しく、心は真似しやすいものです)   ちょっと聞くと、普通とは逆のことを言っているように聞こえます。 たしかに、上から下までブランド品で決めていても中身が伴わないからダメだとか、猿まねだとかいう悪口をよく聞きます。 一方、武道や芸事では型を重視します。 たとえば茶道のお手前では、所作(動作)が美しいことが求められ、実践されています。 意味がわからないと真似もできませんが、意味がわかっているだけではだめなのです。 儒教で尊ぶ「礼」も、礼儀作法ですから、型が大事です。 だから孔子はわざわざ、「礼は...

日本人のモノを大切にする心とは。

  日本人は物を大切にしますよね・・・昔は・・・   「和の人間学」 (吉田善一さん著)より 法輪寺の針供養や東福寺の筆供養など、日本では古来、さまざまな道具の供養がおこなわれています。 モノづくりの仕事を専門的に担ってきた職人は、その精神を現在でも受け継いでおり、越前漆器、土佐刃物など各地で供養が開催されています。 道具のように小さいものに感謝を持って接し、使いきりという日本独特のモノづくり精神であり、万民が常日ごろから、モノを大切にしている表れです。 モノづくりのための道具を供養するとは、モノには心があり、魂が宿っているという想い、すなわち「人工物にも...

父母はわが家の神、わが神と心つくしていつけ人の子  (和の心)

  父母はわが家の神、わが神と心つくしていつけ人の子 (本居宣長・玉鉾百首)   わが家の今日あるは、その初め、父母が、私共を生んでくれたお蔭による。 その意味で、実際の人生に於ては、自分を生んでくれた父母を、最も身近かな我が家の守り神として大切にすべきである。 更にその祖父、高祖父、曾祖父と遡っていけば、遠い自分の祖先を最も身近な神の一つとして、真心を尽くして、大切にお仕え申すべきである。 遠い神を大切にするのはよいが、現実の最も身近な父母を、我が家の守り神として、大切にすることが、神まつりの第一歩であると教えたものである。   玉鉾百首は...

能ある鷹は爪を隠す  和の心

  日本人は独特の美意識を持っています。 趣味を尋ねられたとき、「書をたしなんでいます」などと答えることがありますが、この「たしなむ」という言葉は英訳できない、日本独特の表現です。 たとえ十年、二十年と書道を習って極意を極めていようとも「たしなむ程度です」と謙遜をします。 日本人の美意識からすると、自分の才能をひけらかすことは恥ずかしいこととされます。 外国人の人々にはその感覚がうまく伝わらないようです。 加えて、喜怒哀楽をはっきり表すことも、日本人の美意識ではありません。 すぐに怒ったり、泣いたりするような人は心の浅い人だと言われたものです。 私も小さい頃、よく...

日本の文化は、「みぎわ」の文化  「和の心」

  日本の文化は、「みぎわ」の文化です。 みぎわとは水際(みぎわ)、つまり陸地でもなし、水面でもなしという、水際すれすれのところに美しさを認めてきたのです。 時刻でいうならば、日暮れときの「黄昏(たそがれ)(誰(た)そ彼(かれ)=日が沈み、人の見分けがつかない時分の意味)」や夜明け前の「かわたれ(彼(か)は誰(だれ)=薄暗くて、彼は誰かはっきりわからない時分の意味)を喜びます。 暮れるでもなし、暮れないでもなしという時間を好むのです。 また、食べ物でも、極端に甘いものや辛いものよりも甘辛いものを好みます。 つまり、極端なものを嫌い、微妙な潮目を喜ぶのです。 日本人は...

和の心  「出会いを生かす」 本居宣長

  予(よ)幸いにこの人の書を見て、さっそくに目が覚めたゆえに、この道の味、自ずから心に明らかになりて、近世(きかきよ)の様の悪(わ)ろき事を悟れ。これひとえに沖師(ちゅうし)のたまもの也。 (現代語訳:私は幸いにもこの人(契沖先生)の本を見て、たちどころに目が覚めたため、和歌の道の妙味が自然と理解でき、通説のだめなことがわかりました。これはみんな契沖先生のお蔭です。) (排蘆小舟(あしわけおぶね)   現代人はどうも心が平板になってしまったようで、驚くこともなければ感動することも少なくなりました。 昔のことを調べていてとてもうらやましく思うのは、人々の弾け...

和の心 「お蔭と感謝」 本居宣長より

  「みくまりの 神のちはひの なかりせば うまれこめやも これのあがみは」 (現代語訳:吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)の神のおかげがなかったら、私はうめれていただろうか、きっと無理だったろうな) (寛政十一年若山行日記)   この歌は吉野水分神社への三度目の参詣をした七十歳のときの作で、これが最後のお参りになるかもしれないという思いがあったのでしょう。 宣長は、父がこの神社に祈願して授かった子どもです。 養子の大平が描いた「恩頼図(みたまのふゆのず)があります。 「恩頼」とは、本来は神のご加護、お蔭のことですが、その観点から眺めた宣長の系譜です...

和の心 「わが心清め清めてよく見れば まことは神も我が心なり」

  <橘弘政・心の百首より> 神とは何ぞやの問に答える道には色々ある。 「自心即神」であると答へるのもその一つである。 卜部兼俱(室町時代の神道家)は「心は神明の舎(みあから)であるといった。 神の存在を認識するのは、自分の心に外ならないことをいったものである。 デカルトは「我れ思ふ故に我れあり」ともいったことの深い道理がここにある。 神のありやなしやの問答は、その人の心が、これを問題にしているのである。 その意味に於いて、心こそは神に通ずる肝腎な通路だといへる。 心の奥底にひそむこの霊智を、早く見出し、霊眼の早く開けた人の人生ほど、幸福にして、幅広いものはない...

「むすび」とは 「ムスコ」と「ムスメ」

  わたしたち日本人は、年が明けるとまず氏神様や崇敬する神社にお参りして、1年間家族を見守り続けてくださったお札やお守りに感謝を込めてお納めし、神様にご奉告します。 また新たな年のしあわせを祈念した上で新しい守札を授かります。 神様に新年のごあいさつをして初めて1年のすべての行事が始まります。 家庭では注連縄を張り替え、門松を立て、神棚や床の間に鏡餅をお供えしてご先祖様の神霊や家庭のなかをお守り下さる「歳神様」をお迎えします。 これは、自分自身や家庭が常にすがすがしくあろうという気持ちと、私たち日本人が古くから神様とのむすびつきをもっとも大切にしてきた例ですが、神様はい...

「汝(なんじ)自身を知れ」とは。

  1月15日が先人式と思って過ごしてきた私ですが、もう成人式は終わってしまったのですね。 成人式はやはり1月15日がいいと思うのは私だけ? さて、成人を迎えた皆さんにとっても素敵な言葉がありましたので贈りたいと思います。   元皇學館大学学長でいらっしゃった谷省吾先生が書かれた「神を祭る」という本から。   皆さんは「汝自身を知れ」ということばをご存でしょうか。 汝自身を知れ---お前はいったい何ものであるかを、しっかりしれということです。 これは大昔のギリシャの諺でありますが、古今東西通用する非常に大切な教えであるかと思います。 私ども...

叔父の教え 日本という島は素敵。 

  東・西・南・北 春・夏・秋・冬 海・川・山・森 陽・月・星・空 もっともっとたくさんのありがたい自然に、目に見えないものまで感謝してますか。   叔父のお話しより。   日本の国がどうしてこんなに環境がいいのか? それは、日本列島の現われ方、さらには地球の位置などのさまざまな神秘的な条件が重なったからだと思います。 今から約三万年以前は、氷河期の地球はまだ寒くて、海の水面が今よりも100メートル以上低く、日本列島は大陸とくっついていて、北方からも南方からもたくさんの人が移動してきました。 ところが二万年くらい前になると地球が温暖化し...
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