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和の心

一木一草に神様がやどる <和の心>

  叔父の絵本「にほんよいくに」の第三巻が発刊されました。 今回は神社のおまつりです。 その中の一つ「一木一草に神様がやどる」です。   はるか昔の日本人の祖先たちは、自然環境に恵まれた日本列島に住み続けるうちに、自然と共生しようという独特の生き方を見つけてきました。 小さな草や木にも、あらゆる生き物や、人の力の及ばないような大きな岩や山にも、すべてのものに神様がおられるという考え方です。 周りにあるそういう自然のおかげで生かせれているという、すばらしい生き方を身につけてきたのだと思います。 たとえば朝、お日様が上がると太陽を拝み、今日一日が無事に生活で...

感謝すべきものに気づいたら  

  武田数宏さんの「伊勢の杜にようこそ」より 伊勢の神宮のご遷宮前の参拝者数は八百万人だったのが、遷宮後は千四百万人を超えたと発表がありました。 この参拝者の数は、神宮の入り口付近で守衛の方が数字カウンターで一人ひとりカウントし集計したものですから、誤差の無い統計数だと思われます。 二十年に一度行われる式年遷宮のお祭りが行われている事を知っている人は多くはありません。 特に戦後の世代は、神宮のお祭りについて知りません。 また、日本のことについても知りません。 二月十一日がどうして建国記念日なのか、いつ日の丸が日本の国旗に決まったのか、国歌・君が代の意味は・・・。 ...

先人たちは「お天道さんが見ているから」と自分自身をいさめてきました。

  私が大変お世話になっている、修養団理事で伊勢青少年研修センター所長の武田数宏さんが、素敵な本を出版されました。 「伊勢の杜にようこそ」(きれい・ねっと出版) 今の私たちにとっても大切な事がたくさん語られています。 今日は、まえがきからご案内を。   最近、「誰も見てないと思うなよ、お天道さんが見ているから」という言葉がとても気になります。 私たちが社会の中で生きていくための大切な根っこにしなくてはならない言葉だと思うからです。 私たち身近に起こる事柄は、すべてが自分へのメッセージです。 そこから何をどう汲み取れるかが、より良く生きるための大切なヒン...

和の心 「神さまの声」

  にほんよいくに② 元春日大社宮司葉室頼昭著より   春日の森に、「ささやきのこみち」っていう、神さまの声が、聞こえるところがあるんだよ。 森に行って、だまって、耳をすましてみよう。 人の声のほかに、なにか聞こえる? お口はとじたまま、よくよく、聞いてみて。 シーン、シーン、とした中で、どこからか聞こえるのは、虫の声?鳥の声?森の声? 知っているかい?森の声はいつも同じじゃないんだよ。 朝と夜ではちがっているし、きせつごとに、かわっている。 じっと聞いてみないと、わからない、みんなに話しかける声。 ほら、森が、いろいろしゃべっているのが聞こえない...

和の心  「共生」とは。

  にほんよいくに② 元春日大社宮司葉室頼昭著より   お母さんは、毎朝、神さまや、ご先祖さまに、ごはんを、さしあげて、「ありがとうございます」って、言っているよ。 よくわからないけど、ボクもマネしていたら、「えらいわねぇ」ってほめられちゃった。 うれしくなって、毎日やっていたら、「ボクたちは、神さまたちに、守られているんだな。」って思うようになったんだ。 妹や弟も、みんなマネをしているよ。   我々の祖先が伝えてきたことは、世界に誇るべき素晴らしさが、たくさんあります。 その一番大きなことは「共生」という生き方です。 共生とは、ただ単に自然といっし...

Wago(和合)

  「和」というと、なんとなく江戸時代っぽいイメージを持っているような気がします。 しかし、日本はとても古い国です。 だから、その素地はもっともっと古くから積み重ねられてきていて、そして私たちが気づかないところでも、素晴らしいものが密やかに花開いているのだ、と「有職故実」の研究をしている八條忠基先生のお話を聞いて感じました。 先生は本当に博識です。 そしてそのお話は目の前で美しく素晴らしいものを広げられているようで、とても興味深いのです。 そんな先生の連載が次号の19号から始まります。乞うご期待! (Wago FBより:https://www.facebook.co...

「心と姿」  和の心

  「姿は似せがたく、意は似せ易し」 (外見をまねるのは難しく、心は真似しやすいものです)   ちょっと聞くと、普通とは逆のことを言っているように聞こえます。 たしかに、上から下までブランド品で決めていても中身が伴わないからダメだとか、猿まねだとかいう悪口をよく聞きます。 一方、武道や芸事では型を重視します。 たとえば茶道のお手前では、所作(動作)が美しいことが求められ、実践されています。 意味がわからないと真似もできませんが、意味がわかっているだけではだめなのです。 儒教で尊ぶ「礼」も、礼儀作法ですから、型が大事です。 だから孔子はわざわざ、「礼は...

日本人のモノを大切にする心とは。

  日本人は物を大切にしますよね・・・昔は・・・   「和の人間学」 (吉田善一さん著)より 法輪寺の針供養や東福寺の筆供養など、日本では古来、さまざまな道具の供養がおこなわれています。 モノづくりの仕事を専門的に担ってきた職人は、その精神を現在でも受け継いでおり、越前漆器、土佐刃物など各地で供養が開催されています。 道具のように小さいものに感謝を持って接し、使いきりという日本独特のモノづくり精神であり、万民が常日ごろから、モノを大切にしている表れです。 モノづくりのための道具を供養するとは、モノには心があり、魂が宿っているという想い、すなわち「人工物にも...

父母はわが家の神、わが神と心つくしていつけ人の子  (和の心)

  父母はわが家の神、わが神と心つくしていつけ人の子 (本居宣長・玉鉾百首)   わが家の今日あるは、その初め、父母が、私共を生んでくれたお蔭による。 その意味で、実際の人生に於ては、自分を生んでくれた父母を、最も身近かな我が家の守り神として大切にすべきである。 更にその祖父、高祖父、曾祖父と遡っていけば、遠い自分の祖先を最も身近な神の一つとして、真心を尽くして、大切にお仕え申すべきである。 遠い神を大切にするのはよいが、現実の最も身近な父母を、我が家の守り神として、大切にすることが、神まつりの第一歩であると教えたものである。   玉鉾百首は...

能ある鷹は爪を隠す  和の心

  日本人は独特の美意識を持っています。 趣味を尋ねられたとき、「書をたしなんでいます」などと答えることがありますが、この「たしなむ」という言葉は英訳できない、日本独特の表現です。 たとえ十年、二十年と書道を習って極意を極めていようとも「たしなむ程度です」と謙遜をします。 日本人の美意識からすると、自分の才能をひけらかすことは恥ずかしいこととされます。 外国人の人々にはその感覚がうまく伝わらないようです。 加えて、喜怒哀楽をはっきり表すことも、日本人の美意識ではありません。 すぐに怒ったり、泣いたりするような人は心の浅い人だと言われたものです。 私も小さい頃、よく...

日本の文化は、「みぎわ」の文化  「和の心」

  日本の文化は、「みぎわ」の文化です。 みぎわとは水際(みぎわ)、つまり陸地でもなし、水面でもなしという、水際すれすれのところに美しさを認めてきたのです。 時刻でいうならば、日暮れときの「黄昏(たそがれ)(誰(た)そ彼(かれ)=日が沈み、人の見分けがつかない時分の意味)」や夜明け前の「かわたれ(彼(か)は誰(だれ)=薄暗くて、彼は誰かはっきりわからない時分の意味)を喜びます。 暮れるでもなし、暮れないでもなしという時間を好むのです。 また、食べ物でも、極端に甘いものや辛いものよりも甘辛いものを好みます。 つまり、極端なものを嫌い、微妙な潮目を喜ぶのです。 日本人は...

和の心  「出会いを生かす」 本居宣長

  予(よ)幸いにこの人の書を見て、さっそくに目が覚めたゆえに、この道の味、自ずから心に明らかになりて、近世(きかきよ)の様の悪(わ)ろき事を悟れ。これひとえに沖師(ちゅうし)のたまもの也。 (現代語訳:私は幸いにもこの人(契沖先生)の本を見て、たちどころに目が覚めたため、和歌の道の妙味が自然と理解でき、通説のだめなことがわかりました。これはみんな契沖先生のお蔭です。) (排蘆小舟(あしわけおぶね)   現代人はどうも心が平板になってしまったようで、驚くこともなければ感動することも少なくなりました。 昔のことを調べていてとてもうらやましく思うのは、人々の弾け...

和の心 「お蔭と感謝」 本居宣長より

  「みくまりの 神のちはひの なかりせば うまれこめやも これのあがみは」 (現代語訳:吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)の神のおかげがなかったら、私はうめれていただろうか、きっと無理だったろうな) (寛政十一年若山行日記)   この歌は吉野水分神社への三度目の参詣をした七十歳のときの作で、これが最後のお参りになるかもしれないという思いがあったのでしょう。 宣長は、父がこの神社に祈願して授かった子どもです。 養子の大平が描いた「恩頼図(みたまのふゆのず)があります。 「恩頼」とは、本来は神のご加護、お蔭のことですが、その観点から眺めた宣長の系譜です...
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