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和の徒然

価値観

  今大切な「価値観」。 素敵なお話がありましたので、ご一緒にいかがですか。   「ゆずりは」の倭あすかさんのFBより(https://www.facebook.com/profile.php?id=100008993443784) 価値観。 観命学(かんめいがく)を学び始めてから、自分の価値観の小ささに気づかされる日々が続いています。 人はついつい、自分の価値観で、自分都合の解釈をしてしまいます。 そして、人は、知らず知らずのうちに、狭い価値観の中に入り込んでしまいがちです。 その狭い価値観の中にいることで、必要のない、捻れや歪みが生まれるような...

丙申歳 大きく時代が変わりはじめます。

  昨日、素敵な学びをいただきました。 黎明塾の中山貴英先生のお話です。   60年ごとに時代は大きく変わっていきます。 60年とは干支が一回りする年月、生まれてから60年、還暦ですね。 今から60年前は1956年、昭和31年。 「もはや戦後ではない」と国が宣言しました。 戦後の低迷からGNPが過去最高になり高度成長へと進んでいきます。 この60年で生活に必要な全ての物が生まれました。 そう「経済優先」、「お金」の時代。 その前の60年は?1896年、明治29年。 1894年から1895年の日清戦争から日露戦争、第一次世界大戦、そして第二次世界大...

表 博耀さん  日本文化伝統産業近代化促進協議会会長

  表 博耀さんが考えるネオジャパネスクとは。 古来より我が国は、多くの文化を諸外国から吸収し、それを独自の文化へと昇華させ、世界に認知される日本文化として完成させてきた歴史を持つ。 しかし、日本の伝統文化が衰退を見せている昨今、目に見える日本独特の伝統美と伝統技術、目に見えないそれらの奥に秘められた精神性をも失われようとしている。 日本文化とは、衣・食・住など、日本の気候風土が数千年にかけて生み出してきた「日本的な生活そのもの」である。 その一方には、芸術まで発展した華道や茶道などがあり、他方には生活を物質面から支える伝統産業が存在する。 第二次世界大戦後、ライフス...

富山県がうん天蚕の会  友咲貴代美さん

  友咲 貴代美(1966.10.14) 2005年より各種の森林ボランティアや、ナチュラリスト、インタープリター、フォレストリーダー等の、自然体験活動を開始。 自然体験活動家を名乗る。現在、富山市八尾町で天蚕飼育を行っています。 江戸時代から養蚕で栄えた町で、町の繁栄をもたらし、優美なおわら風の盆や豪華な曳山祭を育むもととなった養蚕に、今ふたたび熱い命を吹き込もうと2009年3月「富山県がうん天蚕の会」発足させられました。 天蚕とは、白い蚕(かいこ)と違い、野生種で、桑の葉でなく、クヌギなど里山の広葉樹を食べます。育てる手間ひまは白い蚕の40倍で、取組んでいる人は更に...

今日は小寒。 寒い日はやっぱり銭湯ですね。

  昨日に続いて銭湯のお話し。   銭湯絵師ってご存知ですか。 銭湯は1970(昭和40)年代のピーク時には、東京だけで約2,800軒もありました。 けれど、家にお風呂があることが当たり前になった今、その数は700軒を切るほどに激減し、毎年減り続けています。 同時に銭湯絵師の数もどんどん減ってしまい、昔から現役で活躍しているのは、なんと70歳の中島盛夫さんと、80歳の丸山清人さんのみ。 そんな中、現在32歳の若さで銭湯絵師として活動する田中みずきさんがいらっしゃいます。 異例の存在です。 銭湯の若者離れが進む中、一体どんな思いで絵を描き続けているのか、...

私の大好きな銭湯のこと  富士山が壁絵である理由

  日本人が大好きなお風呂、温泉、銭湯。 私も大好き!高校時代は毎日銭湯に行ってました。 最近少なくなった銭湯ですが、銭湯にはなぜ富士山が描かれているのでしょうね。   (Livedoor NEWSより:http://news.livedoor.com/article/detail/11022269/) 日本には元旦か2日の夜に見る夢を「初夢」と呼び、1年の吉凶を占う風習があります。 昔から初夢に見ると縁起がいいものとして「一富士二鷹三茄子」といわれ、富士山が夢に出てくるとその年の運気は上々とのこと。 ところで、富士山といえば銭湯の絵を思い出す人も多いで...

来年は丙・申(ひのえ・さる)、どんな年?

  今年も残すところ三日。 もう頭の中は来年のこと。 来年は丙申。 丙申とはどんな年なのでしょうね。   Hotdoglabより(http://hotdoglab.jp/blog/2016-year-eto/) 2016年の干支(えと)は丙申です。 干支は年賀状を書く人ならきっと年末ごろになって意識するはずです。 でもそのときって動物のことが中心ですよね。 動物で言えば、申年(さるどし)です。 もっと暦(こよみ)っぽく言うと、丙申(ひのえさる)が干支。 申の前にある「丙」は「ひのえ」と読みます。 「さる」は十二支の1つ。 「ね、うし、とら、う...

松久宗琳佛所  松久佳遊さん

    松久宗琳の二女として京都に生まれました。 日本画を学んだのち、父松久宗琳の主催する京都仏像彫刻研究所(現・松久宗琳佛所)のもとで、仏絵師としての道を歩み始めました。 数年後、自身のイメージする仏の姿をより的確に表現するため、水墨画(京画)上田家聖師に師事し、水墨画の筆法も学び得ました。 「伝統的な水墨画と、学生時代に学んだ現代の日本画の技法とが、私のなかでひとつに溶け合ってくれたのでしょうか。胸に浮かんでいながら、どうしても現れてくださらなかった仏さまにやっと出会えたのです。」と自身の著書の中で語る松久佳遊は、従来の寺院に祀られることのみを目的とした仏像で...

冬至の日、なぜ「ん」のつく食べ物食べるの?

  冬至にはカボチャを食べることが一般的です。なぜカボチャなのでしょうか?カボチャに限らず冬至は、「この日から運が上昇し始める」ということで、更に運に勢いをつけようと「ん」の付くものを食べる「運盛り」という縁起を担ぐようになったのが始まりといわれています。 また昔は「あいうえお」ではなく「いろはにほへと」でした。「いろはにほへと」の最後は「ん」なので「ん」の付くものを食べれば始めに戻る「一陽来復」につながるからという説もあるようです。   それでは実際に「ん」の付く縁起の良い食べ物を見ていきましょう。以下が「ん」の付く縁起の良いと考えられている食べ物になります。...

延喜式内 名神大社 「熊野本宮大社」

  熊野本宮の創祀 熊野国造家の開祖は天孫瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の御兄君天火明命(アメノホアカリノミコト)です。 その子孫に当たる高倉下(タカクラジ)は熊野の村に在って神武天皇に天剣布都御魂(フツノミタマ)を献げてお迎えし、時を併せて高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)は天より八咫烏(ヤタガラス)を遣わし大和の橿原まで導かれました。 第十代崇神天皇は大和民族の旨は神を祀ることとお考えになり、時を前後して神宮(伊勢)や本宮(熊野)が奉祀されました。 第十三代成務天皇の御代には国々の境(県境)が決められ、紀伊半島の南半分(志摩半島より南)が熊野の国と定められ初代の熊野国造...

食事五観偈(ごかんのげ)

  みなさんは、食事のまえに「いただきます」といいますよね。 昨日、浄住寺、黄檗宗の普茶料理をいただきました。 その箸袋に「食事五観偈」が書かれています。 お坊さんさんたちにも食事(じきじ)作法というものがあり、修行僧はその作法に則って食事をいただくそうです。 ここにご紹介する五観の偈は、その中で親しみやすい偈文です。 大変いいことが書いてあるので、みなさまと共有できたらと思います。   「食事五観偈」 「一には功の多少を計り彼の来処を計る。」この一椀の食物は、たとえ一粒のお米、一茎の菜といえども、それが耕作され、種蒔かれて・・と限りない人々の手を経て...

小丸屋 十代目女将 住井啓子さん

  蒸し暑い京都の夏に欠かせないのがうちわ。 漢字で書くと「団扇」。 その歴史は扇子より古く、古代エジプトや古代中国でもすでに使われていました。 でも、現在のように涼を楽しむものではなく、持つ人の威厳を表したり、魔を祓うなど、信仰の道具としての役割が強かったようです。 今でも相撲の行司が持つ軍配はうちわの形をしていますよね。 当時は材質も木や鳥の羽根、芭蕉の葉などが使われていました。 室町時代ごろから紙と竹で作るようになり、江戸時代には庶民の間に涼をとる道具として普及しました。 「小丸屋」は寛永のころ(1624年ごろ)に創業した「深草うちわ」の店。十代目女将の住井...

饗土橋姫神社(あえどはしひめじんじゃ)

  饗土橋姫神社(あえどはしひめじんじゃ) ご存知ですか。   神宮によくお参りに行かれる方も知らない方が多いですね。 宇治橋の守護神、宇治橋と対面する位置に鎮座されていらっしゃいます。 神宮式年遷宮において、伊勢神宮の所管する125社の中では最も早く建て替えられる神社です。   饗土橋姫神社から20m先には内宮摂末社の津長神社・新川神社・石井神社、50m先には内宮摂末社の大水神社・川相神社・熊淵神社があり、7社が集まっています。 また神宮文庫の前身である旧林崎文庫もあります。 社名の「饗土」とは、疫病神や悪霊などの悪しきものが入るのを防ぐた...
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