もの言わぬ顔が語る 文楽人形

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伝統文化に対する見直しが進められる中、平成15年に文楽が無形の世界遺産に指定されたこともあり、人形浄瑠璃への注目度が急速に高まってきているのではないでしょうか。

 

“文楽”はわが国の伝統的な人形劇であり、世界に誇りうる高度な舞台芸術の名称 です。

文楽というのはもともと、この人形劇を上演する劇場の名前だったのですが、いつのまにか芸能そのものをさすようになり、現在では正式の名称として使われてい ます。

“文楽”が、この名で呼ばれるようになったのは、明治の終わりごろからで、それまでは“操り浄瑠璃芝居(あやつりじょうるりしばい)”あるいは“人形浄瑠璃”といいました。

つまり“浄瑠璃”にあわせて演じる操り、すなわち人形芝居という意味です。

そして、文楽が世界に誇れる芸術という理由も、“浄瑠璃”の高度な戯曲・音楽性と独特の人形操法―― 一体の人形を三人がかりで動かす“三人遣(づか)い”の様式にあるのです。

世界には数多くの人形劇がありますが、そのどれもが単純な内容の神話やお伽(とぎ)話を扱ったものです。

文楽のように一日がかりのシリアスな長いドラマを展開するものはありません。

さらに、それらの人形劇のほとんどは、人形を操作する人の姿を観客から隠すための工夫がこらされています。

天井から糸でつるすマリオネット、人形の下から手を差し入れ指で動かすギニョール、スクリーンに映して遣(つか)う影絵人形など、いろいろな方法があります。

ところが、文楽では人形遣いが堂々と観客の前に登場します。

世界の人形劇とまったく対照的な二つの特徴こそ、文楽が最も高度に発達した人形芸術となった理由と言えましょう。

(文:人形浄瑠璃文楽:http://www2.ntj.jac.go.jp/unesco/bunraku/jp/contents/whats/index.html

 

 和の心 20150218 文楽人形2

 

文楽、世界に類をみない人形芸術。

その人形のお話がありました。

(産経WESTより:http://www.sankei.com/west/news/150214/wst1502140012-n1.html

 

遊女梅川の美しい顔が悲しみに沈んだように見えた。

もの言わぬはずの人形の顔が切実に思いを語る。

1月の大阪・国立文楽劇場で上演された近松門左衛門の「冥途の飛脚」。

切れば死罪という公金の封印を切って、恋人の梅川を身請けする忠兵衛。

梅川には未来に絶望しかなかった。

文楽人形の若い女性の首(かしら)(頭の部分)にはあまり仕掛けがない。

目も口も動かないものが多い。

それなのに、名人、桐竹勘十郎さん(61)が遣うと、梅川の顔に繊細な喜怒哀楽の表情が浮かぶ。

「人形の首を製作するときは完成の一歩手前であえて止めます。師匠の大江巳之助師の教えです。最後は人形遣いさんが舞台で遣ってくださることで命が吹き込まれ、完成するのです。」

同劇場の文楽技術室のかしら担当の村尾愉さん(46)は文楽人形の首の製作や手足のメンテナンス担当。

日々、黙々と人形に向き合う。

地道な作業の繰り返しの中から、あの美しい人形たちが生まれるのだ。

村尾さんは昨年、2体の人形を作り上げた。

そのうちの1体は、シェークスピア喜劇を日本に移した新作文楽「不破留寿之太夫」の主人公。

強烈なキャラクターを見事に文楽人形に作り上げたのである。

大阪・日本橋にある文楽の本拠地、国立文楽劇場。

3階の一角に、文楽人形の首や鬘の製作、メンテナンスなどを行う部屋がある。

華やかな舞台とは裏腹に、ここは職人の聖域だ。

修理や化粧を待つおびただしい数の人形が目に飛び込んでくる。

「私たちの仕事はメンテナンスが中心です。舞台で人形がきちんと動くか、万が一にもトラブルがあってはいけません」と同劇場の文楽技術室の村尾愉さん。

演目が決まると、その芝居で使う人形を用意する。

必要があれば修理し、顔や手足を塗り直して化粧を施す。

重要なのは首の中に仕込まれている目や眉、口を動かす仕掛けの点検だ。

「地道な仕事です」。村尾さんは繰り返した。

 

村尾さんが文楽の世界に入ったのは平成4年。

大学卒業時、文楽劇場が職員を募集しているのを知り、人形を見てみたいという理由で訪ねたことがきっかけだった。

「しばらくしてからあいさつにうかがったのが、当時、徳島にいらっしゃった大江巳之助師でした」

大江さんは戦前、文楽座の座付き人形師になり、戦後は戦災で焼失した人形の首を猛然と製作した。

いま、文楽で使われている首の9割は大江さんの作だ。

大江さんの人形は繊細で上品な表情が特徴。

人間国宝だった故・初代吉田玉男さんは「人形遣いが人物の内面を表現するのにうってつけ」と喜んだ。

村尾さんは大江さんの最後の弟子として、89歳で亡くなるまでの5年間教えを受けた。

「完成の一歩手前で止めろ」も大江さんの教えだった。

平成11年、初めて自分が作った首を人間国宝の吉田文雀さんが舞台で遣ってくれた。

「人形遣いさんによって人形に命が宿る瞬間を見せていただきました。大江さんがおっしゃった意味がよく分かりました」

 

昨年9月、東京の国立小劇場の文楽公演でシェークスピアの戯曲を題材にした喜劇「不破留寿之太夫」が初演された。

村尾さんは主役の不破留寿の人形の製作を任された。

酒好きで好色、独自の哲学を持つ人物は従来の人形では対応できないからだった。

本を読み、不破留寿の性格を考えた。

人形遣いの桐竹勘十郎さんらのスケッチをもとに想像を膨らませ、赤ら顔に髭、愛嬌と皮肉を含んだ表情の強烈な個性の人形が誕生した。

「どんな人形でもまずは人物の性根をとらえ、大江さんの教えを胸に、作り上げていきたい」

村尾さんの人形には大江さんの精神がしっかりと受け継がれている。

ふと、不破留寿の人形が笑ったように思えた。

(文 亀岡典子・写真 南雲都)

大江巳之助 文楽人形師。明治40(1907)年~平成9(1997)年。徳島県鳴門市出身。人形師の家に生まれ、昭和10年、大阪の文楽座の座付き人形師となり、戦後は戦災で焼失した人形の首を製作、当時の人形遣いの名人、初代吉田栄三や吉田文五郎らの指導・注文を受け、戦後の文楽の再興に尽力した。紫綬褒章、文化庁長官賞など。

 

 

人形つくり、そこにはもの言わぬ「つくり人」が思いをいっぱいこめて作り上げる。

決して表に出ることはないのを知りながら。

使い手が人形に命を吹き込んでくれるから、そしてお客さまが喜ぶことを願って。

素敵な和の心ですね。

 

 



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