「 花を活ける 」  私の大好きな白洲正子さんより

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 正子の著作より
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 花を活ける 」初出不詳
 『日本教養全集15』に収録。『風姿抄』(世界文化社1994年)に再収録。

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花を活けるというのは、実にいい言葉だと思う。

花は野にあっても、生きているのに違いはないが、人間が摘んで、器に入れ、部屋に飾った時、花はほんとうに生命を得る。

自然の花は、いってみればモデルか素材にすぎず、活けてはじめて「花に成る」のである。

だから華道のことを「お花」といい、火器のことを「花生け」、花をさすことを「生け花」と呼ぶのだろう。

こういう言葉は、外国語にはない。

仕方なしにフラワー・アレンジメントなどといっているが、生け花は単に花を都合よくアレンジする(まとめる、整理する)ことではあるまい。

花生けのことも、ヴァースとかヴェースとか呼んでいるが、この語源には萼(がく)という意味があり、したがってただ花を支えるための用途しか示していない。

花に対する考え方、扱い方が、日本人とは、根本的に異なるのだ。

 

桃山時代に、朝顔が朝鮮から輸入された時、利休はそれを庭に植えて愛していた。

秀吉が噂を聞き、見たいといって所望すると、彼は見事に咲いた花を全部切り、たった一輪床の間に活けて観賞に供したという。

この話は有名だが、ここに生け花の真髄がある。

それは捨てることにある、といってもいいと思うが、一番大切なもの、惜しいものを、捨て去ることによって、花は生きる。

秀吉が、見たいといった下心は、例の珍し物好きから、無邪気にほしくなったに相違ないが、「そうは問屋がおろしませんよ」と、利休はこうした表現でやんわりたしなめた、そんな風にも受けとれる所から、この話は、秀吉に対する無言の抵抗とか、秀吉が怒ったとか怒らぬとか、色々尾鰭がついているが、二人ともそんなけちな根性はなかったに違いない。

利休は、当時貴重であった朝顔の花を、そのもっとも純粋無垢な形で見せたかったろうし、秀吉が朝露にぬれたその風情を理解しなかった筈はない。

理解しすぎたから、最後には利休を切腹にまで追いこんだのであって、この勝負は、あきらかに秀吉の負けだった。

利休の花には、彼の命がかかっていたのである。

何も命がけで花を活けるというのではない、一輪の花にも、自分の個性というか、全生命が表れねば、およそ意味がないと思うのである。

個性というものも、近頃は曲解されているようで、やたらに自己を主張することが、個性の発揮と思われているらしい。

殊に華道の展覧会などでは、それが顕著なようである。

オブジェとか、前衛芸術というのであろうか、これでもかこれでもかと自分を押しつけ、わめきちらしているような作品が多い。

ああいうものを見る度に私は、全学連のデモを連想するが、結果は似たりよったりで、肝心の個性の刻印は見当たらぬ。

のみならず、釘で打ちつけたり、針金でしばったり、ペンキで塗りたてたりすることは、花に対する一種の暴力としか思えない。

もともとかよわい花の命である。

展覧会などに適する筈もないが、それにつけて憶い出すのは、昔見た西川一草亭という人の作品である。

今は知っている方も少ないと思うが、花というものをはじめて教えてくれたのはこの先生であった。

といっても、私は習ったことは一度もなく、殆ど面識もなかった。

展覧会を見て、これこそ花だ、と合点したのである。

そこでは器に重きが置かれていた。

よほど目の利く人だったのであろう。

ざんぐりとした背負い籠に、秋草が咲き乱れていたのとか、「松風」と題して、潮汲車(しおくみぐるま)に撫子が活かっていたのとか、今も目先にちらついている。

中でも忘れがたいのは室町時代の銅器と、桜草の取り合わせで、しっかりとした形の器と、可憐な花の対照が、目のさめるように新鮮であった。

古い器物ばかりとは限らない。

今いった潮汲車でも、──これはお能の松風からとられていたが、木の香も清々しい曲物(まげもの)で、ほかにもガラス器とか、うぶな農器具の類とか、自身の発見によるものが多かった。

一草亭は、津田青楓の兄さんだったといい、花屋さんの出だったとも聞くから、花の性質をよく知り、この花をこういう器に活けたい、こういう器が似合うということを、花の側から熟知していたのだろう。

一つ一つの作品に、神経がよく行き渡り、並べ方にも工夫があって、この頃の展覧会のように、花同士が殺し合ったりしない。

会場全体が、和やかな雰囲気に満ち、花も満足して、互いに言葉を交わすように見えた。

一草亭が、花器に重きをおいたため、まるで器の展覧会みたいだ、と悪口をいう人もいたが、それがほんとうの生け花の在り方ではないか、と私は思っている。

少なくとも日本の華道の伝統だと思う。

私の場合は骨董が好きなので、そういう考えに至ったのであるが、たとえば花瓶を買う時に、この器には何の花が似合うかということを、先ず第一に考える。

人間に家が必要であるように、花にも落ちつく場所が要るからだ。

はかない花の命は、しっかりした器を得て、はじめてそこに静と動、不易と流行の、完全な調和が生れる。極端なことをいえば、器あっての花なのだ。

このことが、現在は忘れられている。

いわゆる前衛芸術家達は、自分の作品、もしくは「個性」を見せることに急で、器にあまり神経を使わない。

時にはひどく不調和であったりする。

花を活ける、というのは、器に入れるから活けるのだ、そういう考え方は古いのであろうか。

古くても構わない。

私は生涯そういう気持ちで花を活けつづけるだろう。

(文・写真:武相荘:http://www.buaiso.com/)

 

先日、素敵な先生から

「和をもって貴し」は聖徳太子、儒教が入ってからの言葉

和は「わ」ではなく「なごみ」が日本古来からの大切な思いなんですよ。

 

とってもありがたい一言。

なごみました。

 

お花を生けることもなごむこと。

 

 

 

 

 



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