和の心 20150302 お雛様

お雛様さま 二段目は三人官女。何を持っていますか?

 

3月3日は「上巳」「桃の節句」などと言われ、厄を人形に移して祓った「流し雛」の風習がありました。

それらが発展し、雛人形を飾り女の子の健やかな成長と幸せを願う現在の「雛祭り」となりました。

さて、雛人形、一段目は?

一番上段は『お内裏さま』といってお殿さまとお姫さまは夫婦の理想像天皇様、皇后様のよう良縁にめぐり会えますようにと祈りを籠めて飾ります。

関東地方では向かって左が男びな、右が女びなの並べ方が多く、また京都では男びなが右に、女雛が左に飾ります。

男雛の冠の纓が立纓(りゅうえい)といって纓が上に上がっているのは天皇です。

上から二段目は『三人官女』です。
お祝いの白酒を持ってお仕えしています。

両脇が立ち姿、真ん中中央が座り姿で、持ち物は向かって右から、長柄銚子(ながえのちょうし)、嶋台、加えの銚子または提子(ひさげ)という並べ順になり、中央の松竹梅を飾り付けた「嶋台」の代わりに「三方」を持たせることもあります。

中央に座している官女fは既婚者で眉なしです。

上から三段目は『五人囃子』です。
今でいう美少年の楽団です。

打楽器に笛を加えた能楽の囃子で向かって左から太鼓、大鼓(おおかわ)、小鼓(こかわ)、笛、謡の五人揃い、鳴り物の大きな音の順に並びます。

上から四段目は『隋臣』です。

家や人を守る仕事の右大臣、左大臣で文武両道の意味深く、老人と若人で一組になります。

左大臣(老人)は学問と知性の持ち主で向かって右側に座し、右大臣(若人)は力を司るものです

冠はお内裏様と同じにかぶせ、巻纓(けんえい)および耳飾りのような緌(おいかけ)をつけます。

左手には弓を持たせ袖に挟み、矢は羽根を下に右手に持たせます。

背負い矢は、向かって右の肩から先が見えるようにします。

上から五段目が『仕丁』(衛士)です。

いろいろなお仕事のお世話をしております。

泣き上戸、笑い上戸、怒り上戸の三人一組で、御所の掃除道具の箒、塵取、熊手が持ち物になっています。

また、関東では大名行列の沓台、台笠、立笠を
持った飾りもあります。

向かって左から『台笠』『沓台』『立傘』または『泣き顔の熊手』『怒り顔の塵取り』『笑い顔のほうき』

 

<飾物(そなえもの)と色の意味>
女の子が産まれて始めての節句を「初節句」といい、嫁方の親が子供の身代わりとなって災いが降りかからない様に、という思いが込められた雛人形を贈ります。
雛人形には、厄除けとなる「桃の花」、体から邪気を祓う為の「お白酒」、よもぎの香気が邪気を祓うといわれる「草もち」、人の心臓をかたどり子供の健康を祈る親の気持ちの現れの「ひし餅」、自分のかたわれでなければ絶対に合わないことから、女性の貞節を教えた「蛤〔はまぐり〕」などが供えられます。
また、ひし餅や雛あられに見られる白・青・桃の3色はそれぞれ、雪の大地(白)・木々の芽吹き(青)・生命(桃)を表しており、この3色のお菓子を食すことで自然のエネルギーを授かり、健やかに成長できるという意味があります。

<遊びと風習との融合から>
室町時代、紙で作った人形〔ひとがた〕で体をなでて穢れを移し、川海に流すことで無病息災を祈った「流し雛」という風習と、ひいな遊び(人形遊び)とが結びつき、貴族の間で人形を飾り、祀るようになったと考えられています。
江戸時代に入り、二代将軍秀忠の娘徳子が後水尾天皇のお妃様として宮廷に入る際、京都の御所で盛大な雛祭りが行われたのをきっかけに、幕府や大奥でも雛祭りを行うようにりました。
やがて武士階級から町人へと広まり、江戸幕府が3月3日を祝日に設定したことで大衆も盛んにお祝いするようになりました。

<年長者からの戒め>
お雛さまを飾る前日には桃酒やひし餅などの飾物をお供えします。
そして前日の晩もしくは当日に、両家の両親や友人を招き縁起の良いご馳走でもてなします。
雛人形は遅くとも3月中旬までに片付けた方が良いと言われています。「仕舞い遅れるとお嫁に行き遅れる」と言い、これは”片づけの出来ない娘はいいお嫁さんになれないよ”という意味で、年長者からの戒めの気持ちがこめられています。

 

写真は和紙人形の栗山祥子先生が作ってくださった雛人形です。

本当に素敵なお雛さま!