158分で読める新渡戸稲造さんの「武士道」

武士道
名前だけで先入観を持ち、
中身もよくわからないのに勝手なイメージを持って判断していたことってないですか?
(もしかして、私だけ?!)
何かについて知りたいと思ったら、
この先入観をなくし、謙虚に向き合うことだと気づいた一冊でもありました。

 新渡戸稲造さんの「武士道」です。

解説にもありますが、
新渡戸稲造さんがアメリカ留学中にある教育者に、
「我々の倫理のベースにはキリスト教があるのだけど、日本は何があるのだ」と言われたとき、
はたと困って書いた本です。
なので、私たちが読んでいるのは、
この問いへの返答を英文で書いたものの日本語訳です。
そのおかげなのでしょうね、ある種論理的で、
直接日本語で書かれていたとしたらこれほど読みやすくはなかったかもしれません。

そのおかげで、ドイツ語やフランス語訳も出版され、
明治以降、とくに日清戦争に勝利した日本っていったいどんな国なんだと驚いていた世界の人たちに、
日本理解の目的でよく読まれたそうです。
ちなみに、セオドア・ルーズベルトやジョン・F・ケネディーも読んだそうです。

 さすが世界に向けて書かれた本だけあって、
武士道を解説するのに聖書や西洋各国の社会・歴史書、詩、
アリストテレスやソクラテス、ヘーゲルまでも引用し、
武士道はそれら世界の考え方や倫理などに比べても遜色ない価値があり、
中には凌駕するものもあると、くどいほど説いています。

それが顕著なのは、

「12章 切腹と仇討ちの制度」、「13章 刀、サムライの魂」でした。
蛇足ですが、ここを読んでいて、
あの三島由紀夫さんが自衛隊市ヶ谷駐屯地(元:防衛省本省)でアジテーションし、
切腹したことの意味と価値を、
新渡戸稲造さんはどうとらえるのかなと思いました。

 武士道といっても山岡鉄舟や山鹿素行の考え方もあって、
その中の新渡戸稲造さんの武士道は、
こういうと誤解があるかもしれませんが、
近代化の道を邁進していた当時の趣が文章に見え隠れします。

それは当然のことでしょうね。
本の終わり部分には武士道が消えていく危機感に溢れた記述が多く、
読んでいて切なくなりました。
渡辺京二さんの「逝きし世の面影」や、
晩年の福田恆存さんのことを思い出したりもしました。

 今読むと、民主主義や現代社会の観点からの批判はいくらもあります。
それは当然ですが、近代社会の中で「武士道」はどう捕らえられていたか。
批判と同量に、歴史的な文化の遺伝子(ミーム)をもった私たち日本人として否定できないも多くあります。

ただ、この武士道を、
たとえば「サムライジャパン」や、
ウルフルズの「サムライソウル」のような文脈で捕らえて欲しくないなぁと思っています。
そもそも新渡戸稲造さんの「武士道」と、
これらに言われているような「サムライ」は違うような気がするので。

 ともかく、ぜひ一読を。
本の帯にあるように158分で読めますから。