桜の咲く季節、「さく」とは

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幸福感というものを、私たちは「さいわい」と表現します。

「私は幸いだ」「幸いなことに」などと口にし、上田敏の名訳で知られるカール・ブッセの詩にも「やまのあなたの空遠く、幸い住むと人のいう」とあります。

さて、その「さいわい」とは、どういう状態を指すのでしょうか。

 

「さいわい」の古語は「さきはひ」です。

「さきはひ」は「さき」と「はひ」に分かれます。

後半の「はひ」は、ある状態が長く続くこと。

「けはひ(気配)」、「あぢはひ(味わい)」などがも同じで、「あぢはひ」といえば、単に「味」というのとは違って、長く口の中の残る味をいうでしょう。

また、「味のある人だ」というより「あの人は味わいがある」というほうが、何かしら深みが出ますね。

ちなみに延縄(はえなわ)漁業の「延」も、この「はひ」と同じで、網を長く延ばし広げるから、延縄といいます。

 

では前半の「さき」とは何でしょうか。

日本語は母音や子音を交替させて、新たなことばを生んでいきます。

「さき」のもとは「さく」、「花が咲く」の「さく」です。

そしてこれが、「さか」「さき」「さけ」というふうに、いろいろと変化していきます。

「さき」はもちろん、「さく」の名詞形で、「遅咲き」「早咲き」などといいますね。

すると「さきはひ」ということばは、花盛りが長く続くという意味になります。

まさに人間が感じる「さいわい」とは、心のなかに花が咲きあふれてずっと続く、そういう状態を、日本人は幸せだと感じたということがわかります。

 

「さいわい」というと、現代人は抽象的に、何となく満たされた気分のように考えるでしょう。

しかし、本来、日本人はきわめて具体的に、花があふれ咲き満ちているような状態を思い浮かべて、それを「さきはひ」と表現しました。

これが古来、日本人の幸福感だったのです。

日本人の感覚はきわめて具体的です。

そもそも幸福感など、抽象的でどういうことをいうのかわかりにくいものと考えがちですが、まさにそれは現代人の苦悩です。

しかし、古代の日本人は、「幸福って何?」と問われると、「心の中に、いっぱい花が咲きあふれているように感じること」とすぐ答えられました。

その証が「さいわい」という日本語です。

 

 

「幸福って何?」、「心の中に、いっぱい花が咲きあふれているように感じること」

素敵ですね。

桜の季節だけでなく、いつも心に持っておきたいですね。

 

 



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