葵太夫 素敵です。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

和の心 20150429 葵太夫3

 

京都島原の葵太夫、素敵でした。

 

島原にて2歳8ケ月から禿(かむろ・太夫の身の回りを世話する おつきの童女)、12歳(中学1年生)より振袖太夫(ふりそでたゆう・太夫の見習い、芸妓に対する舞妓のようなもの)となり、嶋原のしきたりを学びました。

幼少より和の世界に親しみ、5歳より日本舞踊を習い始める。

昨年11月26日、下鴨神社にて島原の太夫「葵太夫」としてお披露目。

昔ながらに禿、振袖太夫より修業を積み、正式に太夫としてお目見えした太夫は半世紀ぶりのこととなるそうです。

下鴨神社でのお披露目の素敵な写真は下記よりご覧ください。

(写真:花景色 K.W.C. PhotoBlog:http://kwcphoto.exblog.jp/23374222

 

大夫とは

 

「太夫」とは傾城(けいせい 官許により遊宴の席で接待する女性)の最高位であり、舞の優れた傾城を「舞太夫」と呼んだことが太夫の始まりとされます。

歌舞音曲の芸はもとより、茶、花、和歌、俳諧などの教養を身に付けていました。

その点が、芸を必要としない吉原の娼妓の最高位の「花魁(おいらん)」とは大きく異なったところであったのです。

したがって、島原は「いわゆる遊郭」の町でなく、「花街」というべき町であり、江戸中期には俳壇ができるなど京都文化の中心的役割を果たしていました。

島原からは、八千代太夫、吉野太夫、夕霧太夫、大橋太夫、桜木太夫などの名妓が輩出しました。

 

和の素敵は京都 嶋原 末廣屋の葵太夫を応援しています。

 



  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

Translate »