和の心 天地(あめつち)の中にみちたる草木まで 神のすがたと見つつ恐れよ

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 天地のうちに自然に生育している草木に至るまで、すべては産霊(むすび)の神のお働きにより、そこに命を受けて存在し得えているのである。

素直にいえば、天地の自然物は産霊の神の表現であり、産霊の神がそこに現われていると見られる。自然の妙巧、それ自体が、神の姿そのものだと見てよい。

そのものを神と見るとき、自然物たる草木さへ奇しくも尊いものと見らるべきであろう。

 又自然の姿そのものが人間の姿、心に対し、何らかの教訓を垂れているとさへ見られる。人間は自然から教しへられることが多い。

そこに自然に対する敬愛と慎みがある。自然に対する慎み、それが教訓としては、恐しこみの心を与へることになる。

自然と人生との触れ合ひ、そこに親しみと畏敬とがある。

(文:卜部兼邦・兼邦百首歌抄より)

 

自然に生育している草木に至るまで、すべては神々の働きにより生命を受けています。

恐ろしくも東北関東大震災のように、穏やかな生活が一瞬のうちに崩壊されて尊い命を失ってしまいました。

大自然の恐ろしさです。しかしながら、天地自然の恵み、五穀の作物・動物・魚などの命を私たちはいただいて生きています。

人間は、自然から教えられ、地球という大きな生命体によって生かされています。

このことえの畏敬と感謝の祈りが神まつりとなって、日本人の暮らしの中に生き続けています。

畏敬と感謝の心を育んできた神棚まつり、この伝統文化をいつまでも守り伝えて行きたいものです。

(文:伊那下神社 森宮司:http://www.wwq.jp/inasimo/gazou/sinbunb.html

 

 

いつの時代でも、そして科学技術がいくら進歩したとしても、人間が生きてゆく上で決して忘れてはならない心構えだと思います。

 

 



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