和の心 古(いにしえ)を稽(かんが)へて今を照らす

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昔のことを参考にして、今日の在り方を考える。

経験を通じて、反省の資とする。

人生とはそうしたものである。

 

古事記序文には「歩驟各々異に、文質同じからずと雖も、古へを稽へて、以て風猷を既に頽れたるに繩し、今を照らして以て典教を絶えなむと欲するに、補はずいといふこと莫し」とあります。

その一節を採ったものです。

全文の意味は、時代と共に文化の進み方には速いこともあるし、遅いこともある。

いづれにしても、その時代の文化の発展のためには、過去の日本の文化を考え、その反省の上に立って今後の在り方を見通すべきである。

時代の道徳・風俗の衰えも、古のこと(伝統)を考え、今日の在り方と対比して、教への基本とすべきであるというのです。

今日のように、我が伝統を反古紙のように捨て、何でも彼でも外国のものといへば飛び付く時代の文化・風俗に対して、この言葉は簡なりといえど一大痛棒だといえましょう。

(文:神道百言:岡田米夫)

 

712年(和銅5年)今から1300年ほど前に太安万侶は、今のこの世があることを想像してこの言葉を書いたのでしょうか。

いやいや、日本の歴史には海外からの文化を取り入れて、その文化を日本流にしてしまった歴史が多々あります。

そう「日本流」に。

今は日本流にならずに、そのまま海外の文化を受け入れている。

なんで?

骨抜きになってしまった日本。

そこを変えていかなければ日本としての伝統の進化はないですね。

そう「日本流」に!

 



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