和の心 日本民族のもつ浄化力「禊ぎ」のすばらしさ1

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「禊ぎ」は、いろいろな民族が魂の欲求としてかたちを変え、または呼び名を変え、存在しています。

インドの潅頂(かんちょう)、中国の禊斎(けいさい)、中央アジアやイスラエルのバプテマス、そしてキリスト教でいわれる洗礼もそれにあたります。

しかし、いずれの国にも「型」や「行」はありますが、日本のように民族が信仰する神を起源としている例はありませんし、それぞれの国に伝わる神話や民話にも出てきません。

 

日本の起源は、神話に登場する伊邪那岐大神が筑紫乃日向乃橘乃小門檍原(つくしのひむかのたちばなのおどのあはぎはら)で禊ぎをされたのが始まりとなっています。

それによって天照大神という美しくすばらしい神が誕生しました。

このように神を起源とし、その場所まではっきりと示されているのは日本だけです。

つまり、日本の「禊ぎ」が中国へ渡り、その後、インド、中央アジアへ伝わり、そして中東に広がったと考えるのは不自然なことではありません。

さらに6月30日、12月30日・・・陽気と陰気の交代の日に、上は宮中から下は庶民に至るまで、天地開闢以来、大祓いの行事が行われてきたのも日本だけです。

この神事は、邪気や穢れ・気枯れを祓い、禊ぎ、生成発展の産霊(むすび)のエネルギーをもたらしてきました。

日本の底力、それはずばり「禊ぎ」の力なのです。

 

日本において「罪」という考え方は諸説あります。

仏教では、罪を犯すと「罰が当たる」といい、キリスト教では「裁かれる」といい、神道では「慎ませる」といいます。

神道でいう「慎ませる」とは、日本独特の考え方です。

罪とは「包み隠す」という意味があり、自分の霊魂を包み隠し「穢れ」を招くことをいいます。

「慎む」とは「無心になって心の目を覚ます」ことで「禊ぎ」を意味しています。

あなたの霊魂の光を顕しなさい、それが「禊ぎ」であり、そのために「慎ませる」のです。

日本では「和」を乱すことは、とてもいけないことだといわれています。

そういった考え方から罪とは、和を乱し、共同体の秩序を乱すことになり、そこから「慎ませる」という発想が出たと考えられます。

学校でも秩序を乱す、校則を破ると自宅謹慎処分にし「慎んでもらう」のです。

要するに「和」を乱すと、波動が乱れます。

波動が乱れると穢れ・気枯れが生じ、浄化する力である「気」のエネルギーが落ちてしまうのです。

(文:美し国代表・菅家一比古)

 

もうじき神社では、正月から6月までの半年間の罪穢を祓う夏越しの大祓 「茅の輪くぐり」が催されます。

古より、自分が犯してきた罪を払う儀式がありました。

茅の輪をくぐって今年の穢れを払ってくださいね。

 

 



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