和の心 「うひ山ぶみ」本居宣長

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巻末に歌一首 「いかならむうひ山ぶみのあさごろも浅きすそ野のしるべばかりも」

はじめての山歩きに着る粗末な麻布のような、こんな拙いわたしの教えでも、せめて初学の標(しるべ)になるだろう。

を添え、初学者むけの古学の入門書を「うひ山ぶみ」と命名しました。

御年、70歳。

 

11の段落に分けられた第一段

学問を分類して、神学・有職(ゆうそく)・歴史・歌学の四科を立てる。

そして、「ものまなび(すなわち学問)」といったときは、わが皇国の学問をさしていうべきだと主張しています。

これは、むかしから「学問」とだけいえば漢学のことであった。

という反省のうえに立っている。

宣長はそういった従来の日本人の発想を、万事もろこしを自分の国のごとく錯覚し、皇国を外国のように扱っているところから来るのだといい、それを「漢意(からごごろ)」と見なす。

ひとはともすれば漢意に陥りやすいので、学問を始めるにあたって、しっかりと「大和魂」を堅固にしておかねばならない。

そのことを最初に言うのは、若者への訓戒のためである。

 

本居宣長が今に生きていたら何というのか。

きっと「開いた口がふさがらないとはこのことよ」と嘆くでしょうね。

現代は漢意どころではなく若者だけではなく、国をあげての学問のだらしなさ。

国に頼るのではなく、私たちが声を出して「大和魂」を教えていかなければならない時が来ていますね。

いや、その前に自分がちゃんと「大和魂」を学ばなければ。

 

 



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