SONY DSC

流行病 祇園祭で慰め鎮め

 

 

暑い盛りに京都の真ん中で行われる祇園祭。

農耕が暮らしの中心だった日本では、祭と言えば春や秋に多いものだが、祇園さんなら夏と決まっています。

それは、人口が密集する都心ゆえの祭ともいえるのです。

祇園祭(御霊会(ごりょうえ))に関する最初の記録は貞観5(863)年、5月20日に神泉苑で御霊会を行ったという「三代実録」の記述とされます。

朝廷の主宰で「疫病がたびたび流行しているのは無実の罪で亡くなった人々のたたり」として供え物をし、お経をあげて霊を慰めました。

その後、平安時代の祇園祭はおおむね旧暦6月に固定化されていき、新暦では7月ごろで、高温多湿のうえ、人が多い都では疫病は瞬く間に広がりました。

その威力はすさまじく、当時の人々にとってまさしく人智を超えた「疫病」の仕業に見えたのでした。

祇園祭は八坂神社の祭礼ですが、同社は古くは祇園社と呼ばれ地元の人々の信仰を集めてきました。

八坂神社の主祭神はスサノオノミコト。

古くは祇園社の祭神「牛頭天王」と同一視されており、どちらも強く荒ぶる神という点で同じ、疫病を追いやる力をもつ神として篤く信仰されました。

「牛頭天王」とは変わった名前ですが、今でも山鉾町の神事などではこの名がしばしば登場します。

広辞苑によれば「もとインドの祇園精舎の守護神で、頭上に牛の頭を持つ忿怒相に表される」とあります。

いかにもコワモテですが、その怖さこそ、疫病に打ち勝つパワーだと人々は考えました。

外国から来た強い神、という点でも、疫病が外から入ってくることを連想させて面白いですね。

疫病をもたらすのも神、打ち払うのも神の仕業だったのです。

(文:産経新聞「誘惑する京都・七夜月:山上直子)
(写真:kyoto×photo:http://www.iup213.com/archives/5295)

 

梅雨もそろそろ明けてくる頃ですね。

七夕が終われば夏祭り。

いろいろなお祭りが季節ごとにいっぱい。

やっぱり日本は楽しいですね。

大好き日本!

ありがとうございます。