「お蔭と感謝」 本居宣長より

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

 

「みくまりの 神のちはひの なかりせば うまれこめやも これのあがみは」 (「寛政十一年若山行日記」より)

(現代翻訳)

吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)の神のお蔭がなかったら、私は生まれていただろうか、きっと無理だったろうな。

 

この歌は吉野水分神社への三度目の参拝をした七十歳のときの作で、これが最後のお参りになるかもしれないという思いがあったのでしょう。

神への深い感謝の念に満ちています。

宣長は、父がこの神社に祈願して授かった子どもです。

養子の大平(おおひら)が描いた「恩頼図(みたまのふゆのず)」があります。

「恩頼」とは、本来は神のご加護、お蔭のことですが、その観点から眺めた宣長の系譜です。

上段中央には、水分の神、その左右に両親、その脇には師の契沖(けいちゅう)や賀茂真淵(かものまぶち)、それから孔子や紫式部など先人やライバルの名前が挙げられています。

この人たちのお蔭で宣長が生まれ、成長したという意味でしょう。

中段は宣長、下段には子ども、弟子、著者が列挙されます。

実はこの図は、日本人の心性を解き明かす壮大なアトラスでもあります。

私たち一人ひとりはみな自分の「恩頼図」を持っています。

神々や先祖、出会った人たちなどから、たくさんのお蔭をこうむって生まれ、次へとつないでいくのです。

そのように考えると、次の身の処し方が決まります。

「感謝」です。

宣長は、このお蔭と感謝の連鎖の中に日本人の生はあると考えたのです。

(文:本居宣長「日本人のこころの言葉」:吉田悦之著)

ここにも詳しく書かれていました。宜しければ。

http://www.norinagakinenkan.com/norinaga/kaisetsu/onraizu.html

 

誰にでも「恩頼図」はあるのです。

みなさまも書いてみてはいかがでしょうか。

書いてみると、多くのお蔭と感謝に改めて気づくかもしれませんね。

とってもとっても大切なこと、「ありがとうございます」

 

 

 

 



  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

Translate »