和の心 20150828

古来、日本の喪服は白かった

 

基本的に日本人は、仏教伝来以前から、いわゆる性善説に近い思想を持っていました。

自己の魂を本来的に汚れの無い清廉な存在と認める古代人たちは、もともとそれを白無垢の衣裳で表現してきたのでした。

神道でも神様を祀るときや、あらたまった儀礼では白装束を身にまといます。

実際「日本書紀」をはじめとする古代の文献には、喪服ははっきりと白であったという記録が残っています。

それが平安時代になると、養老二年(718)発令の養老律令において、「天皇は直系二親等以上の喪の際には、墨染の色を着用すること」という喪葬令が定められました。

これが契機となって一時的に黒の喪服がひろまり、平安後期には一般にも黒が着られるようになった時代があります。

しかしその後、室町時代にまた白装束が復活します。

一説に、増田美子氏の著「日本喪服史 古代編-葬送儀礼と装い」(源流社)によると、平安時代以降に黒の喪服を着用したのは上流階級だけで、庶民は一貫して白のままだったのではないかと推測しています。

なぜなら、わざわざ白い布を黒く染めるためには染料が必要であるうえ、手間もかかり、黒装束を調達するのは容易ではないからです。

また、多くの庶民は相変わらず「白」のままであったため、貴族文化の影響力が薄れてきた室町時代になると、上流社会にも復活し、やがて黒の喪服がなくなっていったのではないかと益田氏は推測しています。

ちなみに中国や韓国、ベトナムなどアジア諸国でも、古くから「喪服は白装束」が一般的です。

このように、ある一時代だけ喪服に黒の衣裳を着用した貴族たちが存在しましたが、長い日本の歴史においては「喪服は白装束」が一貫して主流でした。

したがって死者はもとより、相続人(後継者)も慎みの気持ちを表すために、近代になっても裃をつけたものです。

 

では、なぜ現代の喪服は黒なんでしょうね。

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