神さまはいつもどこかで見ているのですよ。

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「神さまはいつもどこかで見ているのですよ。」

小さい時によく親から言われました。

なにか悪いことをしてしまったとき、「どきつ!」って天を見てしまいました。

そんな思いでありませんか。

和の心 20150915 川上神社5

先日、吉野の奥深くに行く途中、丹生川上神社下社に久しぶりに参拝させていただきました。

皆見宮司とお会いすることもできて、楽しいお話をさせていただきました。

そのときに「心の荷物をおろす場所」のご本のお話を伺いました。

和の心 20150915 川上神社2

以下は、そのご本の「はじめに」に書かれているものです。

みなさん、心の荷物をしょったままですか?

和の心 20150915 川上神社4

日本人は古くより、自己の我欲でものごとの流れを作るのではなく、その良し悪しに関わらず、神の心を感じ受け入れ「神ながらの道」を歩むことを大切にしてきました。

どんな時にもその精神的な姿勢を崩さないように、無理せず、大きな流れにそって前向きに進むことの大切さを知っていました。

しかし、現代社会は我欲を優先し、その為に神社に詣で、お願いをする対象としての神さましかいないような気がしていました。

子供のころに父母より「神さまはいつもどこかで見ているのですよ」と育てられ、いつも自分に問うて生きてきました。

日本はありとあらゆるものや事象すべてに宿る八百万の神を敬ってきました。

そこには一点に偏らない考え方があるのに、なぜご利益を分けお参りするのかと疑問を抱いていました。

ある方のご縁で吉野の山深き神社に招かれ、「ご利益を説かない」「宣伝しない」「境内を変えない」「流行を追わない」とこを条件に宮司の職をお受けしました。

ただ毎日、ご参拝者の心の荷物をおろすお手伝いをして、神社もお参りの方の人生も大きく変わってゆくことに驚きをもち、改めて心の荷物をおろす大切さを神さまから教えられています。

和の心 20150915 川上神社3

心の荷物をしょったままならおろしに行きませんか。

丹生川上神社へ。

 

 



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