秋の空

今日は秋分の日 なぜ秋を「あき」というのでしょうね。

 

今日は秋分の日、春分の日と同じく、昼と夜の時間がほとんど同じ日で、ご先祖さまを敬い、お米の豊作をお祈りする日。

そして、おはぎを食べる日、もうご存じのことですね。

 

さて、なぜ秋を「あき」というのでしょうか?


HPで探してみると、「明き」 「紅」 「飽き」 「稲の成熟するとき」という説があるようです。

でも、「紅(赤)」の元の意味は「明」だとも言われているので、「秋」の語源は「赤」で「明」の意味だ、ということになるんでしょうか。

また、「秋茄子は嫁に食わすな」っていいますよね、何ででしょうか。

これもHPで探ってみますと。

現代では、元々の意味が、はっきり分からなくなっており、これは「諺」の一種ですが、具体的にどういう場面で使うかは、この表現を、どう理解するかで違って来ると思います。

言葉の起源は、実際的な意味と、こういう表現ができた時代の食品学などの知識というか、理論に依拠していると思えます。

茄子は、食品として実際に食べる場合は、実は「秋が旬」です。秋になると、茄子は十分に成熟し、種が小さくなり、果肉が締まり、肉が厚くなり、美味しくなります。従って、秋が「旬」の植物が茄子です。

1)そこで、一つに、たいへん美味なものなので、嫁には食べさせないという姑の「嫁いびり」のような意味で使われるのだという説があります。

2)また、茄子は確かに身体を冷やす作用があり、それ故、旬でない夏に好まれるのですが、しかし、身重な嫁の身体には、冷えるのはよくないので、嫁には食べさせないという実際的な健康上の配慮からの言葉だという説もあります。

3)第三に、象徴的な意味で、秋茄子は、種子が小さくなっているので、子種がなくなる、という呪術的発想で、嫁には食べさせないという説があります。

1)は「嫁いびり」で、姑の意地悪ですが、2)だと、嫁の健康を心配しての親切心だと言え、3)だと、子種を心配した姑の配慮や思いやりの言葉だと言えます。

1)と2)3)では、反対に近い意味になりますが、両立しない訳ではありません。「こういう美味なものは、嫁には食べさせてやらない……また身体が冷えると言うし、子種がなくなるというのもあり、私の意地悪という訳でもないのだ」というなら、矛盾しません。どれがどれの根拠かは、明確でありませんが。

ところで、秋茄子以外にも、秋鯖や五月蕨も「嫁に食わすな」という諺があるようです。秋鯖も、旬の魚でたいへん美味しいものです。五月蕨はよく知りませんが、蕨がこの時期、旬で非常に美味しいのかも知れません。

(回答:http://okwave.jp/qa/q287630.html

 

どちらにしても、収穫の秋、美味しいものをいっぱい食べて楽しくまいりましょう。