自然のなかに神さまを感じる日本人

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古代の日本人は、あらゆる自然物を神の恵みと考えていました。

この発想は、縄文文化から受け継がれてきたものです。

縄文時代の日本人は、狩の獲物である山野の動物や、海や川や湖沼の魚介類、果実や野草を食料としていました。

そのためかれらは、「自分たちは自然に生かされている」と感じて生活してました。

このような縄文人は、土偶と呼ばれる焼き物(土製)の人形などを用いて自然をつかさどる神を祭り、食料が豊富に得られることを願いました。

弥生時代に水稲耕作が広まったあとも、人々は太陽や雨の恵みを頼み、稲がよく稔ことを神に願いました。

日本人は古くから、神々の最も重要な仕事は自然を整えて人々が十分な食料を得られるようにすることであると考えてきました。

 和の心 20151008 和の心1

弥生時代に農業が広まったあと、人々は農地の中心に営まれた村落(集落)で生活するようになりました。

人々の家屋が集まる村落と、そこの住民が所有する農地とを合わせたのが、一つの「村」とされました。

古代の日本人は、人間は神様のもつ土地の一部をお借りして「村」を営んでいると考えました。

つまり「村」の周囲の山や原野はすべて、「神々が生活する場」とされていたのです。

そして「村」を守る神々(精霊)のなかで最も尊い神、つまり神々の指導者は「村」を見わたせる山に住むとされました。

弥生時代の祭祀遺跡は、山の登り口にあたる小高い地で見つかることが多いです。

古くから祭られた産土神の神社が、現在でも山の登り口に多く残っています。

三輪山を拝む形につくられた奈良県桜井市大神神社はその代表的な例です。

このような神社は、弥生時代の祭祀の場が発展してつくられたものだと考えられています。

人々が神を祭る場は、人間の領域と神々の領域との境に設けられて来たのです。

(文:知っておきたい 日本の神道・武光誠著)

和の心 20151008 和の心3

今までも何度か書いてきましたが、縄文の時代から日本人は自然と共に生きてきて、神さまのおかげとお祭りをしてきました。

見えないものまでも神さまと崇めていました。

現代はどうなんでしょうか?

本当に大切にしなくてはいけないものは、なんでしょうか。

とってもとっても大切なことを、みんなで考えて実行しないとすべてが手遅れになります。

未来の子供たちのために動いていかなければ。

今が最後の時かもしれませんね。

 

 



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