縄文時代は円の発想でした。 

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亡くなったすべての人間を神として祭る習俗を、祖霊信仰といいます。

日本の祖霊信仰は、弥生時代につくられたと考えられます。

縄文時代の精霊崇拝が発展して、弥生時代の祖霊信仰になていきました。

精霊崇拝は人間や、動植物などのあらゆる霊魂(精霊)を平等なものと考えて、それらを神として祭るものでした。

ところが弥生人は、多様な霊魂があるが、亡くなった人間の霊魂はそれらのなかで最も権威があって強い力をもつと考えました。

そして自然現象は、祖霊つまり亡くなった人間の霊魂たちに率いられた多くの霊魂の集団によって起こされるとしました。

つまり、「私たちの先祖の神が、稲作に必要な太陽の恵みや雨の恵みを授けて下さる。」と考えたのです。

縄文時代には「円の発想」と呼ばれる、すべてのものを平等に扱う文化が見られました。

ところが弥生人は、溝をつくり自分と他人の家屋や墓地の境界を区分し始めました。

しかし、祖霊信仰の時代には、亡くなった人間の霊魂はすべて平等なものとされていました。

つまり生きている人間には身分の上下、貧富の差はあるが、人間は生前の地位を死後の世界までもって行けないと考えられたのです。

つまり誰もが同じ力をもつ祖霊となって、人びとを見守る神とされたのです。

動植物の霊魂などのさまざまな精霊も、このような祖霊信仰のもとで神として扱われ祭りの対象とされていました。

しかし農業を身につけた弥生時代以後の人間は、狩りの獲物、魚介類などの気紛れな自然の恵みにたよらなくても食料を得られるようになり、「人間は知恵をもたない動植物より偉い」とする考えをもつようになります。

そのため、農業を開発して自分たちの生活を安定させてくれた先祖に対する感謝の気持ちから、祖霊信仰がつくられたとみていいです。

そして祖霊信仰できたあとに、人間と他の動物との間の越えがたい協会ができていったのでした。

(文:知っておきたい日本の神道:武光誠著)

 

縄文時代の円の発想、素敵な発想ですね。

自然と共に共生してると感じられるから、生まれてくる発想です。

「私が」と自我が生まれてくると、他との差別、区別が生まれ、共生ができなくなり、「私だけがよければ」と思うようになってしまうのですね。

弥生時代からなのでしょうか、文明が発達すればするほどこのような「自我」が強くなってきたのですね。

文明の発達は必要でしょうが、その前提として変わらぬ「文化」が大切です。

そう、縄文人の円の発想という文化が。

 

写真は現代巫女舞の渡守さん。

きっと、円の発想で舞っているのでしょうね。

とても素敵な舞ですよ。

 

 

 

 

 



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