お米のブランド戦国時代

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新米のころ、おいしくいお米をただきたいですね。

今日の産経抄に「コシヒカリ」のことが書いてありました。

何気なく食べているお米ですが、そこには、心血をそそがれた人がいるのですね。

 

日本を代表する米の品種、コシヒカリのルーツをたどると、高橋浩之という農業技術者にいきつく。

新潟県農事試験場で昭和19年7月、「農林1号」と「農林22号」という品種の交配を行ったのが始まりである。

当時、同僚は次々に戦地に送られていた。

高橋技師はたった一人で、東京ドームの半分ほどもある試験田を回り、20万本ものイネの成長を調べていた。

ただ残念ながら、「初代」は倒れやすく、病気に弱い欠点を持っていた。

ほとんど注目されないまま、種子は福井県に移される。

23年6月の福井地震によって、ほとんどのイネが被害に遭うなか、奇跡的に生き延びた。

やがて新潟県に戻り、味のよさを評価する人が現れ、栽培法の工夫も進んだ。

31年にようやく農家に栽培を奨励する品種に選ばれ、名前がつくことになった。

「コシ」は、福井県の「越前」、新潟県の「越後」の「越(こし)」から、「ヒカリ」は、農家の未来が「光り輝くように」との願いからだという。

昭和54年に作付面積でトップに立ち、以降現在までその座を守っている。

昭和37年に53歳で亡くなった高橋技師は、“わが子”の栄光を知ることはなかった。

そのコシヒカリの天下に、変化が起こっている。

かつて米どころとはいえなかった北海道が生んだ「ゆめぴりか」の人気は、すっかり定着した。

今年青森県が売り出した「青天の霹靂(へきれき)」も、食味ランキングで最高の「特A」を獲得して勢いに乗っている。

全国の産地が、新ブランドの名乗りを上げて、打倒コシヒカリをめざす戦国時代に突入した。

消費者にとっては、食べ比べる楽しみが増えた。

優れた米の品種を求め続けた先人たちの努力と、偶然に感謝しながら、新米をおいしくいただきたい。

(文:産経抄 2015.10.30より)

 

天照大御神は天孫降臨の際、

一、天壌無窮の神勅  『豊かな葦原の水(瑞)穂の國は皇孫のしらしめす國です。天つ神の日嗣(ひつぎ)である皇孫と御國は天壌無窮に榮ます。』

二、宝鏡奉斎(ほうきょうほうさい)の神勅  鏡をお授けになり、『この鏡を私とおもって、常に側において斎祭(いつきまつり)なさい』

三、斎庭(ゆにわ)の稲穂の神勅  皇孫に稲穂をお授けになり、『大切に育て継承しなさい』

と、三大神勅を下されました。

天皇陛下所知めす皇國は、水穂の瑞々しい穂の國であり、稲穂を神鏡と同じく、天照大御神からの授かりとして大切にし、稲作を継承していけば、いつまでも豊かな稲穂の実りのある國なのです。

 

お米食べてますか。

新米のころ、おいしいお米をいっぱい食べましょうね。

 

 



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