迷ったときは原点に戻るのが鉄則1

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生きていくためには「誇り」を持つことが大切です。

誇りを持つことと、「慢心」することは違います。

自分の生まれた家に誇りを持つ。

育った郷土に誇りを持つ。

親や兄弟に誇りを持つ。

友人に誇りを持つ。

巣立った学校に誇りを持つ。

そして、自分の職場に誇りを持つ。

これがとても大切なことなのです。

そもそも日本人は、自分の文化や歴史に誇りを持っている民族でした。

今は死語になってしまいましたが、「武士は食わねど高楊枝」という言葉があります。

かつて武士は、貧しくても満足に食事ができなくても、満腹を装って楊枝をほど、武士の誇りを大切にするということわざです。

金銭よりも誇りを大切にしたものです。

明治維新を迎え、アメリカを訪れた岩倉具視の親善使節団は、ちょんまげを結って刀を差し、羽織を着て堂々とアメリカの街を闊歩したといいます。

その姿は、アメリカ人にはさぞ珍奇に見えたことでしょう。

しかし、自国の歴史や文化に誇りを持っていた使節団の人々は、アメリカ人の好奇の目にも臆することなく胸を張っていたのです。

礼儀正しく誇り高いという日本人の資質は脈々と受け継がれ、今も我々の中に残っているはずです。

しかし、それがゆらいでいることも否めません。

何年か前に、老舗といわれるような立派な店が不正を働いたという事件が続きました。

老舗の象徴は暖簾です。

暖簾には、その店代々の苦労と信用が込められています。

誇りにかけて暖簾を守るべき老舗が、利益に走り、誇りを捨ててしまった。

「暖簾に対して恥ずかしい」ことをしてしまったのです。

「誇りを捨てると、自信を失う。自信を失うと、正しい判断が出来なくなる」。

つまり、自分の「寄辺」を失い、価値観を喪失して、ついには正しい判断ができなくなる。

今、日本人は誇りを捨てています。

ある時点から、過去を振り向かず、前進ばかりし出したのです。

もちろん、過去のものがすべてよいわけではありません。

悪い事柄もある。

ところが、善いも悪いも一緒にして、たくさんの大切なものまで捨ててしまったのです。

その一つが歴史です。

歴史とは「経緯(いきさつ)」、つまり事の顛末です。

多くの事情が積み重なって今日があるのに、その経緯を知らなければ価値の判断はつきません。

また、利便性を追求するあまり、伝統や文化といった民族の価値観をも捨ててしまいました。

我々の祖先が何千年、何万年という時間を経て、日本という風土で貴重な体験を繰り返し、最善の方法を求めてきた結果が伝統であり文化です。

長い間培ってきた歴史・文化・伝統を切り捨て、誇りさえも捨ててしまったから、自信を失ってしまったのです。

つまり、自分が寄って立つ止まり木をなくしてしまい、何を拠り所としてものごとを判断したらいいのか、わからなくなってしまったということでしょう。

迷った時は原点に立ち返るのが鉄則です。

(文:日本人だけがしっている 神さまにほめられる生き方:元春日大社権宮司 岡本彰夫著)

 

みなさんは日本人としての伝統や文化に誇りを持っていらっしゃいますか。

どれだけの人が誇りを持っているのでしょうか。

大学生が海外へ留学すると、他国の人たちはそれぞれの国に誇りを持っていて、語ればつきないそうです。

でも、日本人の留学生は、日本のことを何も誇りを持って語れないと聞きます。

なにが悪くてそうなってしまったのでしょうか。

70年前までは、「お国のため、両親・家族のため」と誇りがあふれていたのに。

まだ間に合います。

誇りを取り戻しませんか。

学校教育が悪い、世の中が悪いと別のせいにしないで、自分が先ず誇りを持って生きていければ必ずわかってもらえ、誇りを持つ人々が増えて来ると思います。

さあ、今からです。

誇りをもって生きていきましょう。

 

 



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