和の心 「わが心清め清めてよく見れば まことは神も我が心なり」

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<橘弘政・心の百首より>

神とは何ぞやの問に答える道には色々ある。

「自心即神」であると答へるのもその一つである。

卜部兼俱(室町時代の神道家)は「心は神明の舎(みあから)であるといった。

神の存在を認識するのは、自分の心に外ならないことをいったものである。

デカルトは「我れ思ふ故に我れあり」ともいったことの深い道理がここにある。

神のありやなしやの問答は、その人の心が、これを問題にしているのである。

その意味に於いて、心こそは神に通ずる肝腎な通路だといへる。

心の奥底にひそむこの霊智を、早く見出し、霊眼の早く開けた人の人生ほど、幸福にして、幅広いものはない。

(心の百首は伊勢豊受大神宮の祠官橘(久保倉)弘政が天明八年(1788)に童蒙教訓のために詠んだものです。)

 

みなさまは神さまを信じますか。

信じる信じないにかかわらず、日本人はきっと「困ったときの神頼み」、何かあると神社へ行き神さまにお願いをしますね。

古の日本人は毎年豊作を祈り、目に見えない全ての物に神が宿り私たちを守ってくれていると信じていたと思います。

その思いが何千年経ても続いてきたので、神を意識しなくても心のどこかで「神さま」と思ってしまうのではないでしょうか。

神さまはいらっしゃるのかなと思うなら、神さまはいらっしゃる、いつも私たちを見守ってくださっていると思う方がずっと幸福になれるのでは、と思います。

現代の経済、お金優先市場から、そろそろ神と共に自然と共に暮らす心豊かな時代になってもいいのではないでしょうか。

そんな時代がもうそこまで来ています。

今日から、いつも、どんな時も心から「神さま、ありがとうございます」と思ってみませんか。

きっといつも素敵な日々を送れますよ。

 

 



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