日本人のモノを大切にする心とは。

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日本人は物を大切にしますよね・・・昔は・・・

 

「和の人間学」 (吉田善一さん著)より

法輪寺の針供養や東福寺の筆供養など、日本では古来、さまざまな道具の供養がおこなわれています。

モノづくりの仕事を専門的に担ってきた職人は、その精神を現在でも受け継いでおり、越前漆器、土佐刃物など各地で供養が開催されています。

道具のように小さいものに感謝を持って接し、使いきりという日本独特のモノづくり精神であり、万民が常日ごろから、モノを大切にしている表れです。

モノづくりのための道具を供養するとは、モノには心があり、魂が宿っているという想い、すなわち「人工物にも命があり、しかるべき場所に位置し、自然と一体となって存在していると考える」という「自然崇拝」の意気込みが伝わってきます。

日本企業のブランド力や日本人の感性・美意識の根底には、縄文時代に培われた「自然と如何に共存・共栄するか」という自然崇拝が根強く潜在し、繊細さや緻密さ、優しさや丈夫で長持ちなどに象徴される日本独自のモノづくりの歴史や価値観が、重要な役割を果たしています。

その一つの表れが道具供養です。

豊田佐吉は「この改良”はたご”は、私一人の力でできたものではありません。母さんのおかげです。この”はたご”の一つの枠にも、一本の桁にも、母の祈りがしみこんでいるんです。これは母が生んだ子と同じです。第一番目に、母に織らせてください」と言っています。

1890(明治23)年に東京で勧業博覧会が開かれ、母の勧めもあり、佐吉は郷里から上京し、泊まり込んで、毎日朝から晩まで展示されていたドイツやイギリスの機械を見て回った。15日目に監視員に、「君は毎日ここで何をしているのかね」と声をかけられました。

それに対して佐吉は「機械の動きを見ているんです。分からないことがたくさんあるので」と答えました。

佐吉はそれらの機械を真似ようというのではなく、それよりずっと進んだ機械を工夫しようと考えていたのでしょう。

図を書いてみたり、模型を造ってみたり、博覧会後は寝食を忘れて研究を続け、6年後には、独力で日本最初の自動機械を完成させたのです。

そして、1924年には、その時点で、世界の同様の機械よりもずっと進んだG型自動機械を開発しました。

 

古来日本人は、自然と人間とを分離しないで一体としてとらえるアニミズ的な自然認識を持っていたことの表れですね。

すなわち、私利私欲を離れてモノを生かし、モノと共に「ある」ことを喜ぶ生き方であり、日本人の文化的伝統をふまえてポスト近代機械文明の理想として、これらの例から導き出せるアニミズム的なモノづくりを。今一度考え直してみる必要があるかもしれません。

 

 



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