和の心 20160314 神の声

和の心 「神さまの声」

 

にほんよいくに② 元春日大社宮司葉室頼昭著より

 

春日の森に、「ささやきのこみち」っていう、神さまの声が、聞こえるところがあるんだよ。

森に行って、だまって、耳をすましてみよう。

人の声のほかに、なにか聞こえる?

お口はとじたまま、よくよく、聞いてみて。

シーン、シーン、とした中で、どこからか聞こえるのは、虫の声?鳥の声?森の声?

知っているかい?森の声はいつも同じじゃないんだよ。

朝と夜ではちがっているし、きせつごとに、かわっている。

じっと聞いてみないと、わからない、みんなに話しかける声。

ほら、森が、いろいろしゃべっているのが聞こえない?

「よく来てくれたね」って、よろこんでいるよ。

和の心 20160314 神の声2

この大宇宙は、循環とバランスの仕組みで成り立っていますから、その中ですべての生き物は、自然の声を聞いて、それを体で感じて生活しています。

人間も同じで、自然の変化を感じ、それに順応していくことで体は進化し、健康に生活できるようになっています。

それが最近の生活スタイルでは、冷暖房がきいた部屋でいつも快適に過ごせるように、変わってきました。

季節の変わり目を、カレンダーに書かれた数字でしか分かりません。

よくニュースのアナウンサーが、「今日は暦の上では寒の入り」とか「暦の上では立春ですが、まだまだ寒いですね」とか、言います。

あれは、カレンダーの日付で季節を判断してしまうから、そう考えるのです。

「聖」というと、なにか思想家や宗教上の偉人を考える人が多いのですが、古く日本では「聖」=「日知り」、日を知り、一日、一ヶ月、一年の自然のリズムを知っている人ということであり、そういう聖が、豊かな自然から季節の変化のリズムを感じ取って、皆で季節ごとのいろいろなお祭りを行い、リズムを刻んできました。

また特別な時だけでなく、何かにつけて神社に参拝したり、鎮守の森を歩いたりして、いつも自然のリズムに合わせた生活があり、神様といっしょの生活があったのです。

儀礼的なお祭りがいつごろから始まったのかは分かりませんが、おそらく縄文時代でも神様はお祀りしていたと思いますから、ずっと続けてきたことが、意識しないうちに体に深く刻み込まれているわけです。

動物なら、自然のリズムの中でありのままに暮らしています。

現代人は、それを忘れてただ生きているだけなので、体の機能が衰えて病気になったりします。

しかも、それが自然のリズムにそっていないから体を壊すということを分かっていません。

病気を恐れるあまり、薬やお医者さんに頼り切りになり、ますます自然本来のリズムから離れているのです。

鎮守の森の広がる神社でひとときを過ごすと、「気持ちが良いなあ。すがすがしいなあ」と感じるでしょう。森林浴効果によって、森を歩くとそれだけ心も体も健康になるといわれています。

まして神社の鎮守の森は、見えないながらも神様のお心が満ち満ちていますので、なおさら心が晴れやかになり、健康になるのです。

我々神職は、毎日その中で生活させてもらっていますから、元気に長生きする人が多いように感じます。

皆様も、鎮守の森に足繁く通われるうちに、少しずつ季節のリズムも感じられることでしょう。

これが、古来伝えられきた日本人の原点・生き方のひとつであり、皆がそうなれば、病気も減って健康で明るい生活が送れるようになるでしょう。

そういうささやかなところから、子どもさんといっしょに神様の森を歩いて、試してみてください。

神様の声が、体を通して聞こえるようになります。

(文・絵:にほんよいくに② 元春日大社宮司葉室頼昭著より)

 

梅が咲き、桃が、そして桜が咲き春が来たこと感じていきますね。

何て素敵な自然との共生なんでしょうか。

鎮守の森に行くと、誰もが、「気持ちいい!」と感じる、この気持ちがすばらしいことなんですよね。

日本人は自然と共に、そして自然の声をちゃんと聞きながら大昔から過ごしてきました。

目に見えないものにまで感謝しながら、今を大切に生きてきたのでしょうね。

現代、この世の中もお仕事とかで急ぐのではなく、ゆっくっりと今を感じながら過ごしていきたいものです。