「大国主命」は、いくつの名前をもっているでしょか?

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「大国主命」は、いくつの名前をもっているでしょか?

大穴牟遅神(オオナムジノカミ)
葦原色許男神(アシハラシコオノカミ)
八千矛神(ヤチホコノカミ)
宇都志国玉神(ウツシクニタマノカミ)とあわせて5つの名前があります。
古事記にちゃんと書いてありますよ。

「国を治める大いなる神」という意味を持つ大国主命という名にたどり着くまで、大国主命はさまざまな困難に遭い、それを乗り越えるごとに新たな名を得ていくのです。

和の心 白兎神社

 

さて、大国主命の最初のお話はやっぱり「稲羽の素兎(因幡とも書いてあります)」のお話。
みなさん、この神話、よく知ってますよね。
でも?って思いません。
白兎ではなく素兎、しろうさぎと読みます。
なぜかは勉強不足なのでわかりません、勉強しておきます。

それでは「稲羽の素兎」の神話とは

「大穴牟遲神(おおむなぢのかみ=大国主神のこと)の兄弟(八十神)たちは、稲羽の八神上売(やがみひめ)(八上比売とも書きます)に求婚したいと思ったため、国を大国主に譲ってしまわれました。
稲羽(いなば)に出掛けた時、八十神は大穴牟遲神に袋を持たせ、従者のように引き連れました。
「気多(けた)の前」に来たとき、裸の兎(あかはだのうさぎ)が伏せっていました。
兎は、八十神に「海塩を浴び、山の頂で、強い風と日光にあたって、横になっていることだ」と教えられた通りに伏せていましたが、海塩が乾くにつれ、体中の皮がことごとく裂けてきて、痛みに苦しんで泣いていました。
そこに、最後に現れた大穴牟遲神が「なぜ泣いているの」と聞かれました。

菟は「私は隠岐の島からこの地に渡ろうと思いましたが、渡る手段がありませんでした。そこで、ワニザメ(和邇)を欺いて、『私とあなたたち一族とを比べて、どちらが同族が多いか数えよう。できるだけ同族を集めてきて、この島から気多の前まで並んでおくれ。私がその上を踏んで走りながら数えて渡ろう』と誘いました。すると、欺かれてワニザメは列をなし、私はその上を踏んで数えるふりをしながら渡ってきて、今にも地に下りようとしたときに、私は『お前たちは欺されたのさ』と言いました。すると最後のワニザメは、たちまち私を捕えてすっかり毛を剥いでしまいました。それを泣き憂いていたところ、先に行った八十神たちが『海で塩水を浴びて、風に当たって伏していなさい』と教えたので、そうしたところ、この身はたちまち傷ついてしまったのです」といいました。

そこで、大穴牟遲神が兎に「今すぐ水門へ行き、真水で体を洗い、その水門の蒲(がま)の穂をとって敷き散らして、その上を転がって花粉をつければ、膚はもとのように戻り、必ず癒えるだろう」と教えたので、そうすると、その体は回復しました。

これが、稲羽の素兎(しろうさぎ)の神話ですね。
ワニザメ?
ワニでしょうかサメでしょうか?
当時の出雲地方にはサメが多く生息していたらしく、サメが描かれた土器が発見されているそうです。

その後、その兎は「八十神は八神上売(やがみひめ)を絶対に得ることはできません」と大穴牟遲神に言いました。
そのとおり、八神上売は八十神に「あなたたちの言うことは聞かない」とはねつけ、大穴牟遲神に「袋を背負われるあなた様が、私を自分のものにしてください」と言ったため、今では兎神とされています。

この神話の舞台となった気多は鳥取空港の近くにあり、その名も白兎(はくと)海岸といいます。
それを見下ろす小高い丘の上には「白兎神社」があります。
御祭神はもちろん兎。
白兎大明神(ハクトダイミョウジン)という立派な神名を戴いています。

小さな神社ですが、神話にちなみ古くから皮膚病や火傷に効くと信仰されてきたそうです。
もっとも最近は、大国主神と八神上売の幸せな未来を予言した「縁結びの神」として、恋愛成就を祈願しに訪れる女性が多いそうです。

この稲羽の素兎の神話の後から、大国主命の苦難が本格的に始まるのです。

(写真:白兎観光協会ブログより
http://hakuto.tea-nifty.com/blog/cat23407947/index.html



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