和の心 20160701 神宮 稲作

稲作は日本文化の根本

 

「神宮」という、神宮司庁が発行されている素晴らしいご本の中の一つのお話し、稲作のお話しです。

 

神代の伝えで日本の国は「豊葦原の瑞穂の国(とよあしはらのみずほのくに)」と呼ばれています。

水に恵まれ稲が立派に稔る国という意味です。

日本人にとってお米は単なる食糧ではなく、神と人をつなぐ大切なお供え物でもあります。

神事に欠くことのできないお餅やお酒もお米からつくられます。

「日本書紀」では天照大御神が斎庭(ゆにわ)の稲穂を天孫にお授けなったことが記されていますが、そこに日本のはじまりが位置づけられることは、非常に重要なのです。

稲作は人口に応じた計画的生産を可能とし、さらに備蓄ができるという利点もあります。

高い収穫を求めようとすると、多くの働き手を必要とします。

そこから、家族単位が複合した小規模なムラが発生します。

ムラはやがて複数で横の繋がりを持ち、狭い意味でのクニに発展し、さらにそれが統合したのが日本のはじまりといえます。

その統合の理由であり、また象徴であったのが稲作でした。

その稲をお授けになったのが天照大御神で、御子孫にあたられる天皇陛下が代々大御神をおまつりになっています。

神宮では、二月にその年の豊作を祈る祈年祭が行われます。

正しくは祈念祭を「年ごいの祭り」と呼んでおり、そこでいう年とは稲の美称であり、つまり稲の生育期間一周期が一年なのです。

神に申し上げる祝詞の中で、稲のことを興津御年(おきつみとし)と申し上げます。

祈年祭は、皇居にて天皇陛下が神々にその年の稔りをお祈りになられることに本質があり、その由を神宮にお告げになるために勅旨を差し遣わされ、幣帛(へいはく)を奉げられます。

また、日本中の稲刈りが済んだ十一月二十三日の深夜、天皇陛下は御自ら新嘗祭を執り行われ、神々に収穫の感謝をお捧げになられるのです。

天皇陛下から国民に至るまで、神をまつるということは日本の大切な文化なのです。

その文化を言い換えれば「日本人の心」となります。

このように、神に祈り、感謝を捧げつつ稲作を中心とした営みを、日本人は二千年以上繰り返してきたわけです。

そこから培われた日本人の心は、決して急激な近代化によって失われるものではありませんが、生活様式の変化によってそれが実感しにくくなっていることは明らかです。

稲作は太陽の恵みと大地の生み出す生命力、それに水、風など様々な自然の力が必要です。

神宮には、天上に輝く太陽のような御神徳を持つ天照大御神をまつる皇大神宮、大地が育む生命力のような御神徳を持つ豊受大御神をまつる豊受大神宮の両正宮を中心に、月読宮、風宮、土宮、風日祈宮などの別宮があり、あたかもひとつの完結した自然界を形成しているように見えます。

そして、その神宮に天皇陛下が祈りをお捧げになられるという、すばらしい国柄は、永く守り伝えなければなりません。

(文:「神宮」より)

 

多くの人と力を合わせて、何カ月もかけて稲作を行っていく。

そこに、このような素晴らしい教えがあるのですね。

現代の私たちは、この日本人の心を知らずに暮らしているのでしょうね。

という私も田植、稲刈りと行ったことがありません。

改めて稲作に感謝して、ありがたくお米をいただかなければならないですね。

そう、すべてのことに感謝して。

ありがとうございます。