「時間は現在から過去に流れていく」

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スティーブ・ジョブズも愛した禅。

「禅マインド ビギナーズ・マインド」(鈴木俊隆著)の本にこのようなことが書かれていました。

 

道元禅師は、「時間は現在から過去に流れていく」といいました。

これは、嘘のように聞こえます。

しかし、私たちの修行においては、ときには正しいのです。

過去から現在へ進ではなく、現在から過去へ向かうのです。

義経は、中世の日本の有名な武士でした。

そのときの政治状況で、彼は、北の領土に送られ、そこで殺されたのです。

しかし、彼がその妻に別れを告げるときに、妻は詩を書きました。

「糸巻きから糸を巻き戻すようにして、過去が今になればいいのに」と。

彼女がこういったとき、実際に過去は現在になったのです。

彼女の心の中で、過去は生き、今になったのです。

道元がいうように「時間は現在から過去に向かう」のです。

これは論理的な心にとっては真実ではありません。

しかし実際の経験においては、過去は現在になります。

そこに詩が生まれ、人生があります。

このような種類の真実を経験するとき、時間の本当の意味を発見するのです。

時間はつねに過去から現在へ、現在から未来へ流れます。

それも本当です。

しかし、時間が未来から現在へ、現在から過去へ流れるのも本当なのです。

禅の老師はいいました。

「東へ一マイル、行くことは、西へ一マイル、行くことである。

これが生きた自由です。

私たちは、この種類の絶対の自由を持つべきなのです。

しかし、絶対の自由も、いくつか規則がなければ見つかりません。

若い人は、好きなことをやることが自由だ、と考えています。

禅でも、規則なんかいらないと思うかもしれません。

しかし規則を持つ、と言うことでは絶対に必要なのです。

しかしそれは、すべてがコントロールされている、ということではありません。

規則を持つ限り、自由を得るチャンスはあります。

規則を意識せずに自由を獲得しようとしても、なにも意味しません。

完全な自由を獲得するために、私たちは禅の修行をするのです。

 

自由と不自由。

常識と非常識。

決まりきったものばかりのようで、決まりきってないのかも知れないですね。

それは自分の心が感じ、映し出すもの。

それでは自分の心、とは。

知りたいから禅の修行をするのでしょうね。

学ぶことばかりですね。

 

 



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