和の心 20160827

誇り伝えたい「利他の精神」

 

リオのオリンピックも閉幕しました。
(パラリンピックはこれから、みなさん頑張ってください!)

選手、関係者、ご家族のみなさま、本当にありがとうございました。

私も細川さんと同じように感動したのは、「ありがとうございます!」って選手のみなさんが口にしていたこと。

オリンピックの期間中は地球上に「ありがとうございます」の感謝の気が充満していたでしょうね。

 

細川珠生さんお話し(産経新聞・2016.08.24)

連日のリオ五輪での日本人選手の活躍が、これほどまでに喜ばしいことであったかと、改めて感じている。

メダル獲得数はロンドン五輪を超え、金メダル数も2桁という活躍ぶりに、同じ日本人としてとても誇らしい。

各国の選手と比べれば、まだまだ小柄な日本人であっても世界一になるということは、科学的・心理学的知見などを生かした「知恵の結集」も大きく貢献していることだろう。

日本人らしいまじめさと勤勉さは、スポーツの世界でも大きくその能力を発揮しているともいえる。

私はもう一つ、メダリストはもちろん、惜しくもメダルを逃した選手のほぼ全員が口にしていた「感謝」という言葉が、日本人選手の活躍を美しく感じさせる要因になっていたように思うのだ。

「支えてくれた人に」「応援してくれた人に」「一緒に戦ったチームに」「テレビの向こうにいる人たちに」感謝している、という言葉は日本人選手独特のものであり、またこれこそが日本人の美徳であると感じてならない。

もちろんそれぞれがメダルに懸ける思いは違う。

それでも、どの選手も、いわば「共通項」として、自分以外の人のためにと考えられることは、古来、日本人が大切にしてきた価値観が脈々と引き継がれているのだと感じる。

折しも、私たち日本人は、天皇陛下の「天皇」という地位に対するお気持ちを表明するという機会に接した。その後の識者の意見は様々であるが、天皇陛下が覚悟を決められて表明されたお言葉の中には、ご自身のお務めへの思いと共に、皇室と日本国民の今後への思いが強く込められていた。

そこには、「自分の」問題ではなく、「これからの」問題として考えてほしいという、控えめにも強いご覚悟が感じられた。

常に、天皇陛下は、象徴というお立場にあって、日本人を象徴するお考え、それに伴う行動を、私たち国民の前にお見せになっていた。

その点から考えると、天皇のご在位の問題とオリンピックというかけ離れたことであっても、共通した日本人の精神が存在しているように感じられた。

日本人選手が口々に述べる「感謝」の言葉は、常に「自分のため」だけではなく人のためにもという「利他の精神」故のことであり、これこそが日本人の象徴的な価値観であるのだ。

財団法人日本青少年研究所などの調査によると、自分を価値ある人間だと思っている日本の高校生は約4割で、米国の約8割、中国・韓国の約9割と比べると半分以下であるなど、自己肯定感が低いことが大きな問題となっている。

五輪を目指す若者と普通の高校生の意識のギャップは大きいが、若い五輪選手の活躍は、大きな希望を与えるものにもなるはずだ。

しかし誰もが五輪を目指すわけではないと考えると、少し「遠い」存在であることも事実だ。ならば私たちは、選手の活躍から何を学ぶべきであるか。

それは、どんな道を選び、どんな職業に就いても、日本人として失ってはいけないのは、この「利他の精神」であるということではないだろうか。

どんな仕事も、あるいは目標も、一人では成し遂げられない。

常に周囲と協力し、感謝する。この精神こそが日本人の誇りであるという自信を、若者たちに与えられないものだろうかと思う。

次の五輪はいよいよ東京で行われる。リオをテレビの前で観戦した子供たちが選手として、ボランティアとして、東京五輪・パラリンピックにかかわることになるだろう。

日本人の美徳を備えた姿を世界に発信できるように、私も責任ある大人の一人として努力していきたい。

 

毎日毎日、地球上に「ありがとうございます」がいっぱい溢れてたら、幸せでしょうね。

そのような日を、私たちは作らなければなりませんね。

いつも、どんな時にでも「ありがとうございます」って。