和の心 20160829 石清水八幡

日本人が決して失ってはいけないもの

 

今、当たり前と思っていることの多くは、この60年にできたことがほとんど。

そう、少し前には今の当たり前などほとんどなかった。

でも、多くの人は今の当たり前を基準として、尺度として物事を考えているように思う。

いやいや、もっともっと広い大きな目で世の中を見て、物事を考えてみる時に来ているのではないか。

本当に大切なことに気がつかなければ!

 

渡部昇一さんの「決定版日本人論」にこのようなことが書いてありました。

 

私の見るところ、日本には、仏教の伝来や武士が支配するようになった鎌倉幕府など、五回の国体の変化があった。

しかし変化はしたが断絶はしなかったのである。

仏教の伝来に関しては、前にも述べたように、神道は仏教に取って替わられることなく、仏教をうまく融合させてしまった。

神も仏も同じもので、それが現われる国によって姿を変えるのだと解釈したのである。

つまり天皇は、常に神道の大祭司という立場を維持しことになる。

隠居して法皇になるという時代もあった。

やがて、武士が天下を左右するようになったが、彼らは、天下を治めることを望んでも、天皇になろうとはしなかった。

それは、戦国時代に天下を争った武将たちも同じだった。

自らを神と称したといわれている織田信長でさえ、天皇になろうとはしなかったのである。

それは、おそらく神話時代に、天孫降臨の詔勅(しょうちょく)といわれるものにすでに示されている豊かな四季に恵まれた日本と神話時代から続いている皇室を持つ国民ならではの知恵であろう。

自然や人や他国を対立せず、拒否せず、排除もせず、それを受け入れて自分の中になじむように納めてしまう知恵が養われた。

すべてを受容するというこの知恵は、日本人の体質になっている。

すなわち、それが日本人の「強み」なのである。

確かに、今、日本は少々おかしくなっている。

東芝のように伝統的な技術を誇りにした大会社が、不正会計処理を長く続けてきて、それを公認会計会社が見のがし続けるというのは、アメリカのエンロン事件を嗤うわけにいかないではないか。

親が子に、子が親に手をかける事件もあとを絶たない。

世界でいちばん道徳心があり、治安もいいとされた日本はどこへいってしまったのかと嘆きたくなることもある。

しかし、こうした時代だからこそ、私たちは、「日本の強み」を忘れてはいけないのである。

 

「日本の強み」、それはなんでしょうか。

その一つ、「すべてを受容するという知恵」を知り、大切にしていきたいですね。