発酵について学んでみましょうⅡ <叔父の教え>

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昨日の投稿、FBでも載せましたら多くの方から発酵の素晴らしさ、甘酒が大好きと多くのお話しをいただきました。

みなさん、醗酵の素晴らしさをよくご存じなのですね。

私は知らないことばかり、改めて発酵を学んで日々の生活に取り入れていきたいと思います。

 

 

 

さて、叔父の本からの続きです。

 

原点(「いのち」)を離れた現在の流行りものなど、蜃気楼のようなものであって、現実には存在しないといっても過言ではないのです。

私はものごとを理解する時、すべて過去の経験から判断しておりますので、結果だけを聞かされても、それではよく分からないのです。

つまり、物事がAからBになったという結果だけではなくて、Aがどのような経過をたどってBになったのかということが分からないと、充分に理解することができないのです。

このようなことを言うと、現代の人から笑われるかもしれませんが、わたしにすれば今の人たちのように理屈でものを考え、結果だけでものごとを判断する方が間違いではないかと思うのです。

 

 

 

—- 中略 —-

 

発酵というのは、エネルギーの代謝であり、エネルギーというのはもちろん物質ではなく働きです。

そして祖先たちは、これを経験から知っていて、いろいろな食べ物を利用しながら、神さまから与えられた宇宙のエネルギーをこの世の中に現わして、人間の生活に利用してきました。

ところが我々は理屈の科学の教育を受けたために、知らず知らずにこの発酵のエネルギー代謝を、物質の化学反応で理解しようとしていたのです。

今まで、神の世界には理屈は存在しないということをずっと言い続けてきた私が、気がつかない間に、目に見えないエネルギーを理屈で解釈しようとしていました。

自分の未熟さに恥ずかしい思いがしました。

しかし、これも一つの経験ですから、改めて理屈を捨て、神の世界に近づきたいと考えております。

 

 

 

んーーー!叔父が未熟、恥ずかしいと申されますか。

私などいかようにしたらいいものか・・・。

また、このようにも話されてます。

 

 

生物の進化というものは、原点の姿を捨てて進化するのはありません。

原点の仕組みを持ちながら次第に変わってゆく、いわゆる不易流行の姿で、「いのち」は伝えられ、生物は進化していくのです。

ですから人間もまた、生物の原点の仕組みを、生きる土台に持っているのありましょう。

真実の健康というのもこれと同じで、原点の生き方を失ってしまえば、本当の健康などありえないと私は思います。

このようなことから私は、祖先のお祀りを常に行わなければ、真実の健康で、生涯現役で百二十歳まで生きることなど、及びもつかないのではないかと思っております。

祖先を祀るということは、我々人間、とりわけ日本人の原点の生き方ではないかと思います。

現在はこの大切なことをまったく忘れてしまって、理屈だけで生きようとするので、医学が進歩したにもかかわらず、病人がたくさん存在するのではないでしょうか。

 

 

 

発酵のお話しから、健康、そして日本人としての生き方まできてしまいました。

最近思うのです。

日本だけでなく、太古の昔の人たちは争うことなくみな、自然を、目に見えないものまでも大切にしてたのではないかと。

でも、気候変動や地殻変動などによって砂漠の地にも、ツンドラの地にもなっていき、生きていくために争いが必要になったのではと。

でも、日本だけは周りを海に囲まれた自然豊かな島として唯一残されたのではないかと。

神が選んでそうされたのかはわかりませんが、古よりのすばらしいこの国に感謝してご先祖に感謝して、いっぱいいっぱい感謝することが何より大切なのではないかと思います。

そう、感謝しなければいけないと思うのではなく、あたりまえでないといけないですね。

 

さて、美味しい甘酒を探して、ありがとうございます!って毎日楽しく楽しく、ですね。

 

 

 

<追記:山口竜太>

日本古来から、薬効を期待されてきた発酵食品。
たとえば酒は神への供物として重要視され、崇神天皇や神功皇后等、記紀にも幾度となく登場する。
酒のアルコールは消毒の薬であり、裏返せば毒という力を殺す猛毒でもある。
これらの効能が神仏に投影され、寺社で祀られてきた。
中国の神・神農の化身であり、薬を司り、酒を造るスクナヒコ。
疫病を司り、疫病を祓う、祇園祭の牛頭天王やスサノヲ。
そして、それら諸神の本地仏である、薬師如来。
葉室山淨住寺。 中臣鎌足を氏祖とする藤原北家の葉室家が、洛西に建てた菩提寺。
第37代当主葉室賴昭氏は、医学博士にして春日大社の元宮司。
彼の著書『神道〈はだ〉で知る』(春秋社、2008年)では、神職と医学博士の両立場から、発酵の神秘性について語る。
賴昭氏は既に亡くなっているが、彼の心はずっと生きている。
神仏の力が宿るとされた発酵食品・味噌を、禅寺で仕込む。
多くの僧が暮らしていた寺院では、こんな生活が送られていたのだろうか。
様々な縁によって、薬師如来の縁日に葉室山淨住寺で仕込まれた味噌。
出来上がりが楽しみである。

 

 



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