「能の起源っていつ?」 黎明塾のお話し(三) 

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「黎明塾」お勉強のお話し(三) -如月編-

 

 

如月 「日本の伝統芸能と諸道」のお話しより

能の起源

 

聖徳太子の時代。
飛鳥時代に、シルクロードを経て、中国から散楽が伝来し、物珍しい散楽は、貴族達の間で大流行しました。

散楽とは、物まねや寸劇、曲芸などを得意とする芸集団(芸のエンターテイメント)で、現代で例えるなら、中国雑技団といったところでしょうか。

散楽のルーツは東南アジア。

散楽を日本にもたらしたのは、秦河勝で、機織りの技法などを大陸から日本に持ち込んだ渡来人だといわれています。

平安時代になると、散楽と日本古来の芸が融合し、多彩な芸能が生まれます。

その一つが猿楽で、この猿楽こそが、能楽の直接の母体となります。

散楽のうちの物まね芸を起源とする猿楽は、のちに観阿弥、世阿弥らによって能へと発展しました。

当初、演者たちは、仕事と芸とを兼業していましたが、のちに、専門で芸を演じるようになり、プロの芸人が誕生しました。

そして、その演者の一座は、各地を周るようになり、寺社の保護を受けながら、祭礼などの際に芸を披露しました。

時代を経て、猿楽は、上流階級だけではなく、武士にまで広まります。

特に豊臣秀吉は能を好み、自らも盛んに舞いました。

後の徳川幕府も能に熱心で、能役者は幕府や各藩に仕え、祭礼で芸を披露し、武家の稽古にも携わりました。

江戸時代の能役者は位の高い扱いを受けていました。

貴族や武士だけでなく、農民の間にも田楽とよばれる芸が登場します。

田楽は田植えなどのさいに五穀豊穣を祈願して演じられる芸です。

明治時代になると、能と狂言は、猿楽から能楽と呼ばれるようになりました。

能楽は、観るだけではなく、お稽古ごととしても、身近に楽しめるようになりました。

そして、世界にも認められ、ユネスコの世界無形遺産に指定されています。

このように、散楽は後世の芸能に多大な影響を与えました。

 

弥生の黎明塾はありません。代わりに3月18日に黎明会があります。
https://www.facebook.com/events/1809814425938377/

卯月の黎明塾: 4月16日(日) 午後1時半●場所 難波神社
https://www.facebook.com/events/1144461732347474/

 

一般社団法人 和の道黎明会 http://www.reimeikai0031.or.jp/

 

 



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