事代主神は一言主神と同一?

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事代主神は一言主神と同一?
事代主神をもっと知りたくなりました。

国譲り神話の前にはどうされていたのか?

 

和の素敵 恵比寿さん

事代主神の最初の本拠地は葛城(奈良県御所市)の下鴨神社(鴨都味波八重事代主命神社)とのことです。
ここで事代主神は最初、葛城川の岸辺に季節毎に祭られる田の神でした。
それがやがて、同じ葛城におられ、叔父様に当たる一言主神の神格の一部を引き継いだのか、託宣の神としての性格も持つようになります。

私は事代主神は一言主神と同一と思っていたけど・・・
神話って何が正しいのか解らなくていいと思ってます。
いろいろな説があるからワクワクするんですね。

先を進めます。

事代主神は葛城の地の後、奈良盆地北部の交通の要所である岡田から「ワニと化して」木津川・淀川を通って、大阪三島の溝咋姫の所に通われたと伝えられます。

その三島にある三島鴨神社は日本最古の三島神社と伝えられています。
そしてここは事代主神の滞在地でもあり、事代主神もいっしょに祭られています。

大阪の今宮戎神社、御祭神は事代主神です。
ご存知でしたか。
だから事代主神は「えびすさん」とも言われているのです。

で、この後、出雲の移られたそうです。
出雲ではご存じのとおり、国譲りに同意して美保関に引き籠もってしまうのですよね。

そして、ここからです。
事代主神はどうされてか、どこへ行かれたか。

美保で国を譲ってしまった責任を取って引き籠もられた事代主神は、なんと伊豆で再生して三島明神となられました。

伊豆は「出ず」で再生の地であり、残された場所は「伊豆・喪」で「いづも」なのだと言います。

神話をどう読むか、どう感じるかは人それぞれ。
もっともっと調べたくなって調べるのもあり。
神さまなんていないよ、日本の古来人と大陸から来た人との話だろというのもあり。

私はこれ以上は深入りしないけど、日本の成り立ちとして2300年以上も昔のお話を楽しみながら、そうかこうして日本はできたんだって、それでいいと思います。
そこから、オリンピックのテーマではないですが「おもてなし」や「おもいやり」そして「ありがとうございます」が少しづつわかってくるのかなと思います。

そして、子供や孫にも教えてあげたいですね。
日本っていい国だよって!

みなさんはいかがですか?



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