歴史上の美女で日本人といえばこの5人!

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歴史上の美女で日本人といえばこの5人!
歴史上の美女と聞いて、あなたは誰を思い出したでしょうか。
昔の美女と言っても、現代とはかけ離れたイメージの女性が美人だと言われていますよね。

写真が日本にやってきたのは、1848年以降の江戸時代ですが、それ以前の時代は絵で残されています。
肖像画と書物によって記された中で、歴史上の美女と呼ばれ続けている女性は、男性からも女性からも憧れの存在として語り継がれているのです。

最も古く絶世の美女と言われている・・・小野小町

小野小町は、日本で最も古い時代の歴史上の美女と言われています。
平安時代の歌人として、百人一首で彼女の歌を詠んだことがあるのではないでしょうか。
六歌仙、三十六歌仙の一人として、才能を認められた女流歌人です。

十二単の姿の絵が想像できますが、後世に描かれたと言われているものばかりで、本当の姿はもちろんですが年齢もわからないというミステリアスなエピソードも。

織田信長の妹・・・お市

戦国時代の物語に、必ずと言っていいほど登場する美女といえば、お市の方ですよね。

織田信長の妹であり、茶々の生みの親でもあるお市は、豊臣秀吉も一目置くほど美しかったと言われています。
しかし、秀吉に息子を殺されてしまったことを一生許さなかったというほど、豊臣秀吉に敵意を持っていたそうです。

30代になっても見た目年齢が20代前半にしか見えないという説も残っているほど・・・。
美しい女性は、時代に関係なく若く見えるコツを身に着けているのかもしれません。

歴史上の美女として戦国の時代に散った・・・細川ガラシャ

隠れキリシタンとして、戦国時代にその名を残した明智光秀の三女、細川ガラシャ。
ガラシャという名前がとても印象的ですが、元の名前は「玉」であり、キリスト教徒ということで新たに与えられた名前が「ガラシャ」です。
父が本能寺の変を起こしたことで、壮絶な人生を送ることになったことでも知られていますよね。

ガラシャのあまりの美しさに夫である細川忠興は、嫉妬深くガラシャを男性に見せたくないと立派な奥御殿を立てたという話も・・・。

シーボルトの孫・・・楠本高子

幕末の美女といえば、楠本高子。
名前を聞いても、あまり聞き覚えのない方も多いかもしれませんが、松本零士の銀河鉄道999のメーテルのモデルとしても有名な歴史上の美女なのです。
現代にいてもおかしくはない容姿と顔立ちに、時を超えてファンになってしまうかも。

鹿鳴館のNO.1 ・・・陸奥亮子

明治といえば、それほど遠くはない時代に思いますが、明治時代も幕末で乱れていた時代でもありますよね。
外交官の妻として、その名を知られた存在になった陸奥高子。

美人芸妓として人気者だった彼女は、伯爵陸奥宗光の再婚相手として社交界デビューをし、「鹿鳴館の華」「ワシントン社交界の華」などと呼ばれるほどに、周囲を魅了したと言われています。
まるでモデルのような顔立ちに、清楚さと気品が溢れています。

昔から写真や書物が限られている状態でも、歴史上の美女は必ずと言っていいほど存在しています。
それは、彼女達が歴史の流れを変える人物の側で、彼らを支えていたことが大きいのかもしれません。
静かに後ろから支えている姿が、美しい人生を送っていた証のような気がします。

生まれてから決して幸せではない運命を辿ってきたとしても、今でも名が残るほどに、その時代を一生懸命力強く生き抜いた姿は、胸を熱くするものがあります。
いろいろ調べていくと、現代の私達と変わらない部分を持ち、共感できる部分もたくさんあるのかもしれません。

彼女達から学べるところを、たくさん引き継いで後世にも伝えていきたいものです。
あなたが思う、美しい生き方とは何かを改めて考えることも、ひとつの教えなのかもしれません。
新しい物を追い求めていくことも大切ですが、古き良き時代を忘れずに生きていきたいですね。

 

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