清水焼とは?その魅力や人気のある理由

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清水焼とは?その魅力や人気のある理由

京都の焼き物と言えば、清水焼が有名ですね。
清水寺の五条坂で作られたことから、その名称が付けられました。

1590年から京焼が作られる

京都では粟田口焼、八坂焼、御室焼そして清水焼と作られていたことはご存知でしょうか。

全て京都で作られていることから「京焼」と総称で呼ばれています。
上絵付け技法が使われていたことが多いのが京焼の魅力ですが、種類も豊富で陶芸家のデザイン性が重視されているのが特徴です。

京都の陶磁器と言えば清水焼との認識が広がっていき、京焼の中でも清水焼のみが目立つ存在になったと言われています。

最近では、清水寺付近ではなく清水寺団地や宇治市の炭山でも作られているので、総称として京焼だけではなく「京焼・清水焼」と正式な名称を経済産業省が決定したのです。

清水焼の魅力とは

茶の湯時代から、京都の焼き物も盛んになりましたが、素材である陶土が地元では取れないため、地方から取り寄せていました。
そのため、清水焼は窯元ごとに陶土が違い技法も様々です。

こだわりが強い受注者の希望に応えるために、職人が腕を独自で磨き上げたことが、清水焼の最大の魅力とも言われています。
やはり、いつの時代も技術を磨くには、多くを経験して学ぶ姿勢が大切ですね。

この存在が居なければ…

清水焼に欠かせない人物野々村仁清が、清水焼の文化を作り上げた一人です。

野々村仁清と弟子の尾形乾山は、繊細で華麗な作品を作る江戸時代の陶芸家ですが、色絵陶器を得意としていました。
この時代に磁器を使用していない京焼色絵陶器の焼き物を「古清水」と呼ばれています。

磁器が取り入れられ幅が広がる

磁器は、今までの京焼のイメージを覆すほど衝撃的でした。

その後、江戸時代中期になると、奥田潁川が京都で初めて磁器を作り、清水焼の新たな一歩を踏み出したのです。
この技術を後世に繋げるために青木木米や仁阿弥道八に伝授し、清水焼を盛り上げただけではなく、全国の陶芸家に影響を与えていきました。

陶磁器が流行していくことで注目度が高まっていきますが、高級感溢れる作品は大量生産ができないことで求める声が溢れていったそうです。
しかし、金額も高いので庶民には見る機会も少なかったので、手が届かない存在でした。

明治以降は輸出品として海外へ

海外へ輸出することになると、ヨーロッパの技法も取り入れるようになっていきました。
昔からの技法も守りつつ、新しい技術を取り入れながら魅力的な作品に変わっていくのは、昔のことのようには思えませんよね。

陶芸家の焼き物を愛する心と、さらに良くしていきたいと願う向上心が、現在の京焼の存在を表していると言えるでしょう。

こだわりがある清水焼

清水焼が現在も人気を誇っているのは、こだわりがあるからと言われているのです。

大量生産をするよりも、質の良い陶磁器を作り続けることに重点を置いているので、高額と言われていても欲しい焼き物の一つでしょう。

手書きにこだわり、朝鮮や中国の技術を取り入れた京都の器は、茶道陶器のみを作っていましたが、その後に割烹食器を作るなど、常に幅広い器を作り続けています。

料理を引き立てるための京都らしい雰囲気の陶磁器は、老舗の料亭にも欠かせない存在です。
日本には、たくさんの焼き物の種類があり、全ての種類を覚えることは難しいですよね。
その中でも京都の有名な陶磁器は?と問いかけると、清水焼を挙げる人は多いでしょう。

手作業で行う古くからの技法を守り続けることは、簡単なことではありませんよね。
土のブレンドから全ては陶芸家によって、技法は違うと言われていますが、窯元を訪れながら違いをこの目で確認してみたくなります。

京都の雰囲気がそのまま表現されているからこそ、清水焼の魅力であって人気の秘訣ではないでしょうか。
焼き物のぬくもりと優しさ、京焼の持つ鮮やかな絵柄の数々を、いつまでも次の世代に繋げていきたいですね。

信楽焼陶芸家 阪井 七(なお)さん
「焼き物の器」
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