益子焼の特徴について理解してみよう

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益子焼の特徴について理解してみよう

どっしりとした貫禄のある焼き物のひとつに、栃木県の民芸陶器を思い浮かべます。
落ち着いた色合いで、見た目を裏切らない重さがあるのも益子焼の特徴です。

益子焼は1966年頃から、ゴールデンウィークと11月3日前後の毎年2回「益子大陶器市」が今でも行われているほど、大勢の人々が観光を兼ねて栃木県を訪れています。

関東地方に住んでいる方は、一度は訪れたことがある場所なのでは?と言うくらいに有名な陶器市です。

歴史は古くから…とは言っても、江戸時代の終わりに栃木県の益子町で誕生したのが始まりです。

笠間焼を修行していた大塚啓三郎が、益子町で焼き物に適した陶土を探し出し、窯を作り陶芸の場所に選んだことから益子焼が誕生しました。

益子焼の陶土は…

土の素材は良い質とは言い難く、砂っぽくて鉄分が豊富に含まれている粗さが特徴なのですが、割れやすい性質があります。
この粗さが渋さを表現し、素朴な懐かしさが込められている気がしますね。

最近の陶芸家による益子焼の特徴には、この陶土に他の素材を混ぜ合わせ、独自の土を使い作品を作り出すことも多くなっているそうです。

釉薬は益子焼の特徴

重く暗い色合いが多く、どっしりと厚手の陶器が特徴ですが、素材を活かした土鍋や水がめ、火鉢などの日用品を主に作られていました。
鉄の粉と石材の粉で釉薬を作り、犬の毛筆で色を付けると言うのが、益子焼の基本と言われています。

迫力のある存在感は、今も昔の作品にも共通するものがあり、和の文化を感じますね。

民芸運動のはじまり

大正時代は、日用品として欠かせない存在感の益子焼にも変化が訪れます。

1927年に益子町に民芸運動を唱える陶芸家、濱田正司がやって来たのです。

民芸運動とは、民衆的工芸運動の略になっています。

日用品の中にある美しさを説く芸術の世界を広げようと、日本の工芸品を改めて注目する運動が、芸術家たちの中で広がっていきました。

これを「用の美」とも呼ばれています。

日頃気付かずに使っている陶器から、美を感じる…。

無名の陶芸家にも評価されるチャンスが増えたことは、嬉しいことですよね。

芸術作品への道

後に人間国宝となった濱田正司が、注目したのが益子焼だったのです。

今までは創作されなかった花器や茶器が、濱田正司によって作られ、益子焼の知名度が一気に全国区へと広がりをみせました。

これが全国デビューへのきっかけです。

その後の濱田正司の作品により、益子焼が日用品から芸術品へと見方が変わり始めていきました。

都心に近く若い世代にも焼き物人気が…

濱田正司のおかげで、知名度が上昇した益子焼。

加守田章二が現れてから、作風もデザイン性を重視した、新しい独創的な益子焼が誕生しました。

昭和30年代から40年代が特に盛り上がりを見せたとも言われています。

若い世代にも職人志願者が広がり、伸び伸びとした作風を学びたいと町に訪れる人が増えたそうです。

1979年には、伝統的工芸品として国から指定されています。

益子焼の特徴は、民芸品としての美を守りつつ、好きな形で型にはまらずに作ることが出来るのが作り側の喜びであり、人気の秘訣と言えるでしょう。

独創的で、味のある作品に出会える感動と陶芸の楽しさを、焼き物を通して感じたいですね。

現在も、益子町には多くの窯元があり、いくつも並ぶ陶器ショップが並んでいるそうです。

陶芸の体験が出来るショップや工場もありますので、オリジナルの湯呑や絵皿を作ると、思い出の一枚になりますのでおすすめです。

濱田正司の昔の離れも、益子参考館上台として見学ができますので、益子焼のルーツをその場で実感できるでしょう。

過去にタイムスリップした気持ちになり、資料を見ることで楽しみと想像が広がりますね。

観光地としても見どころもあり、国の指定文化財として普門院西明寺もありますので、のんびりと足を運んでみてはいかがでしょうか。

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