文化防衛論 三島由紀夫

 

今も本棚にある「文化防衛論」を再読しようと思った。
若い頃読んだけど、どうもちゃんと理解してなかったり、
左側から読み過ぎたように思うから。
そういう時代に学生してたので(ちょいと弁解)。

当時、左翼勢力が大きな力を持ち、政治だけでなく、文化面にも左翼思想が大きな影響を与えていました。
その状況の中で、日本文化の破壊、毀損されていくような様に激しく異を唱え、なぜ守るのか、いかに守るのか。

そもそも守るとは何か、などを熱っぽく語っています。
この論点は、日本文化や和を掘り起こし、守っていこうとする人には、半世紀近くたった現代においても、耳を傾ける価値があると思います。
「和の素敵」を運営している私は、思えば遠くにきたものだと、ちょっと感慨深げに読みました(笑)

 

 

「文化防衛論」のおおまかな内容は、
・1960年代の高度成長期は昭和元禄とよばれていたけど近松も西鶴も芭蕉もいない昭和元禄には、これまでの日本人にあった何かが欠けている。
・文化を人間主義的な成果で判断しようとし、日本文化における「菊」の部分だけを尊重し「刀」が破棄する占領政策がとられた。
・威嚇的でない茶道や華道を禁止せずに、歌舞伎の復讐劇やチャンバラ映画を禁止した(後に復活)のはくいう理由からである。
・そもそも日本文化においては「菊」と「刀」は別々の文化ではない。
・当時禁止されなかったのは、三島氏にいわせると「博物館的な死んだ文化」。

と総括し、日本文化の国民的特色として3つあげています。
第一の特色は文化は、「〜いわゆる芸術作品のみではなく、香堂及び行動様式も包含する」としています。「菊」と「刀」の双方を含むということですね。
第二の特色は、「オリジナルとコピーの弁別を持たぬことである」としています。日本文化は木の文化とし、伊勢神宮の式年造営を例に挙げ、「オリジナルはその時点においてコピーにオリジナルの生命を託して滅びゆきて、〜」と言います。
日本文化はオリジナルとコピーの間に決定的な価値の差異が生じないという論点は注目したいところです。
第三の特色はちょっとわかりにくい論点です。
「国民文化には、再帰性・全体性・主体性の特質を有している」
「菊」と「刀」の両方を包括するのが日本文化だということなのでしょう。

 

 

その後、何に対して文化を守るかに論

点は移り、文化で文化は守れないので、「守るとは、つねに剣の原理である。守るという行為には、かくて必ず危険がつきまとい、自己を守るのにすら自己放棄が必須になる。

平和を守るにはつねに暴力の用意が必要であり、守る対象と守る行為との間には、永遠のパラドックスが存在するのである。」としています。

なかなか過激でラジカルですね。

ついで、「創造することが守ること」と、こてまたラジカルで重要な概念を提出しています。

 

あと、「戦後民族主義の四段階」や「文化の全体性と全体主義」が続き、いよいよ「文化概念としての天皇」に論点が移ります。
戦前、政治概念として天皇が利用されたと批判し、政治概念としての天皇ではなく、文化概念としての天皇の復活を促しています。
「〜天皇が否定され、あるいは全体主義の政治概念に包括されるときこそ、日本の又、日本文化の真の危機だからである」
ここは、とてもおもしろいです。

 

いろいろと批判はあるし、必ずしもすべての論に賛同するのではないですが、
「日本文化」や「和」を扱う者は、一度は目を通しておくべき本だと思いました。