日本人の忘れもの 中西進

和の心 中西進

日本人の忘れもの
中西進

素敵な日本語がいっぱいです。

私の大好きな中西進さんの著書「日本人の忘れもの」 ためになることがいっぱい書いてあります。

 

「まける」 相手に生かされる道をさぐる。

 

人間のつき合いの中でなかで、もっともシビアなのは金銭関係でしょうか。 貸し借りの関係、ものの売買、そんななかにさまざまな悲喜劇が起こり、哀切な人間模様もできてしまいます。

 

ところで商人は今でも「まけときます」といいますね。 この「まける」というのは、勝ち負けの「まける」と同じ意味だから、彼は、「あなとの勝負にまけときます」というわけです。

 

このせりふを、日本語を知らない外国人が聞いたら、値引きのことが敗北?ピンとこないでしょうね。 欧米人は勝つためには攻めて攻めて、勝利を手中にするまで戦うのが欧米風だから、いささかも引いてはいけない。

 

しかし、負ける伝統を持つ日本人はまけてしまうのです。

 

少し話が変わりますが、柳の枝がしなったり、運動選手の体がしなやかだったりします。 この「しなう」という日本語の「しな」は死ぬ時の「しぬ」と仲間です。 つまり、折り曲げられるといっぺん折れそうになりながら、ぴんと元へ戻る、あの「しなう」運動は、死ぬことによって弾力をたくわえながら、いっそう強く生きることなのです。

 

「しなう」という日本語は「しのぶ」という日本語とも仲間です。 「堪えしのぶ」というとじっと我慢することになります。

 

どうして堪えしのぶことが美徳なのでしょうか。 「しなう」ことがいっぺん死ぬことで弾力をたくわえ、いっそう力が強くなったように、堪えしのぶことで力は内部に凝縮して、たくわえられたエネルギーは、ついに大きな力となって爆発するでしょう。

 

力をたくわえるといえば、その最たる日本の象徴はお能です。 あの動作がきわめて日本的なんです。 何しろお能は徹底的に動作を省略します。 抑えます。 すべてを抑えおさえて振る舞うから、力が役者の体の内へ内へと入り込みます。 名人を見ていると、体全体が力のかたまりになっています。

 

お能の美しさは、この抑制にあります。

 

堪えしのぶことで大きな力をたくわえる生き方。 いったん勝負に負けても、大きな勝負には勝つ。 その手段が「まけときます」というせりふになるのです。

 

「まける」 学ばしていただきました。