お寺には、なぜ山号がついているのでしょうか。

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「山号」ご存知ですか。

寺院には、山号と言うものがあります。

浄住寺では「葉室山」です。

 

比叡山延暦寺。高野山金剛峰寺。

東京の浅草寺は金龍山。

真宗では、東西両本願寺ともに、大谷山・龍谷山と山号があります。

比叡山、高野山と言えば、それは山の名前ではなくて寺院名を言っています。

不思議に、飛鳥・天平時代に建立された法隆寺とか唐招提寺などの南都七大寺には、山号がありません。

寺院の山号に付いては、中国の禅宗などの寺院制度にその由来があると言う説。

禅宗寺院では、中国の五山の真似をしてそうした山号を付けた事も、想像できますが、小さな村の村落寺院にまで山号が付けられた理由の説明にはならないような。

寺院の山号を語るには、日本人の宗教や霊魂観の問題を語る必要があり。いわば庶民信仰を抜きにしては、山号一つとっても、語れないのです。

 

山国の日本

数年前にあるTV報道番組で日本列島を空撮せいた映像を流していました。

世界でカナダと北欧スカンジナビヤ半島の数カ国を除いて、国土の八割までが山である国は日本以外にはありません。

そして不思議な事に、我が国の山には賽の河原、極楽池。地獄谷とか。

山頂近くには、阿弥陀が原などの地名が付いています。

また多くの山を日本人は、霊峰○○山と呼んできました。

もちろん世界には、神の棲(す)む山として古来より親しまれていた山がない訳でもないですが、里から見える小高い山にまで、神や仏の世界と考えた民族は日本人以外にはないのではないでしょか。

日本人にとっては、山は古代には狩猟、食料採取、採鉱、採木等の場であり。平地で農耕が営まれれば、その水源を山に依存しました。

従って山には、強力な力を持った霊や神がおり、これに真剣に祈れば恩寵(おんちょう)があるが、これを怒らせれば不幸があると信じてきました。

山は生活の糧(かて)と同時に、日本民族の宗教の原点でもあったのですね。

 

山にお寺を建てたから「山号」です。

中国では隋や唐の時代に、玄奘三蔵法師がインド(天竺)より多くの経典を持ち帰り多くの寺院が各地に建立されるようになりました。

その時はお寺が建立された場所が人里離れた山であったため、山の名称がそのまま寺院の名称として用いられたそうです。

これが山号の起こりです。

日本では寺院は奈良仏教までの権力者のための寺院で街中に建てられていたので山号がない寺院が多いのです。

状況が変わったのが、空海(弘法大師)や最澄(伝教大師)のころからです。

空海や最澄のころから平安時代となり日本では山岳仏教が流行る様になりました。

山岳仏教とは簡単に言うと、奈良仏教までの権力者のための寺院から出家者のための寺院へと変化したことです。

そのため、街中にあった寺院から日本古来の山岳信仰と結びつき、人里離れた山中に寺院が建立されるようになりました。

それ以降、出家者は俗世とは離れた場所(山)で生活するようになり、寺院は山に建てられるようになりました。

後世に建てられるお寺は、そこが修行の場・仏道の場であることを示すために山号を名付けたそうです。

お分かりになりました?

 

さあ、今日も楽しくまいりましょう。

ありがとうございます。

 

参考:真宗興正派 円龍寺
浄信寺通信

 

 



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