昨日、京都南座に「まねき」が掲げられました。

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昨日、京都南座に「まねき」が掲げられました。
年の瀬を感じてしまいますね。

和の心 まねき

毎年11月25日前後の吉日に、顔見世興行に出演する役者の名前を書いた「まねき」看板が南座の正面に上がります。
江戸の昔、歌舞伎役者の契約は年俸制で旧暦11月から翌年10月までの1年契約でした。
そのため毎年11月初めに各座の新たな顔触れが舞台で口上を述べることを「顔見世」と称しました。
これが現在の顔見世興行の始まりで「歌舞伎正月」の異名もあるほど、いま以上に華やかで賑やかなものでした。

まねきは厚さ1寸(約3cm)、長さ1間(約1.8m)、幅1尺(約30.3cm)のヒノキの板に勘亭流の文字で役者の名前が書かれています。
勘亭流は江戸時代から興行などで使われる独特の書体で、「大入りになるように」と縁起を担ぎ、筆太に隙間なく内側に向かってはねるように書いていきます。
さらに上がったときのバランスも考え、文字に大小をつけています。
勘亭流の文字はジャンルによって書体が異なり、劇場によっても変わるので、南座のまねきは誰にでも書けるものではありませんし、原則として南座でしか使われません。

 

和の心 まねき

このまねきを書くのは今年で16年目になる川勝清歩さん。
10月末頃から準備を始め、11月初旬から20日頃までかけて書き上げます。
その数およそ50~60枚。
最後に書くのが「口上まねき」で、「文字が細かくて多いので、神経を使います」と川勝さん。
いずれも文字割のみ印をつけ、下書きはせず一気に書き上げていきます。
(参考:「そうだ京都、行こう」)
http://souda-kyoto.jp/knowledge/culture/maneki.html

「まねき」とは「招ね木」と書いたそうです。

招ね木とは江戸の昔、宿場の旅篭や茶屋に 旅馴れた馴染みの連中が大山講や富士講の講中名や団体、火消しの組の名を記した、木札や手拭いを表に掲げました。
それが、招き看板 招き手拭い といわれるものです。
新しいお客様を招くところから、「招き」とよばれ、 「招木」、「招喜」の文字をあてていました。
江戸も文化文政の頃になると、 銘木を選び、文字を彫り込み、漆を差して意匠を凝らした形となり、お客を呼ぶ縁起から、商家、粋筋をはじめ、芸界、火消しの内飾りとして 縁起棚の脇に飾られました。 

(写真:歌舞伎美人)
http://www.kabuki-bito.jp/news/2009/11/__photo_30.html



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