私はこれ!「男は黙ってサッポロビール」

私はこれ!「男は黙ってサッポロビール」

日本男子だから。

今日はこのお話。

 


水曜日は、私の大好きな中西進さんの著書「日本人の忘れもの」
ためになることがいっぱい書いてあります。
少しでもご紹介できたらと思います。


 



先週の「まける」の続きですが。

現代の教育って「敗けるな」そして、「思ったことははっきり言いなさい」ではないでしょうか。

一方で思い出して見ると、反対のことわざがいっぱいありますね。
「口はわざわいの門」
「言わぬが花」
「物言えばくちびる寒し秋の風」

こうしたことわざのなかで教育されてきた日本人の美質は、それこそ力の蓄積にあったのです。
「男はだまってサッポロビール」のコマーシャル覚えてますか。
ウケた理由はノスタルジーにあったとしか考えられないですね。

勝ち負けといえば、「兎と亀」のお話がありますね。
兎と亀が競争すると、必ず兎が勝つ。と、決まっている。
ところがすべてを終えてみたら、亀が勝ってしまいます。
古代ギリシャ人のつくったお話ですね。
むかし地球上では、みなさんかしこかったのですね。

ところが近ごろは「油断大敵」の教訓にとります。
それこそ頑張れ頑張れになってしまいます。
でも、イソップがいいたかったのは「敗けること気にしないで、自然にいきなさい。そうすると結果は必ず勝つのです。」ということでした。
この教訓を、最近の日本人は忘れていますね。
日本亀は欧米兎のすばしこさに目がくらんで、跳べもしないのに、跳ぼうとしています。

日本亀よ、ゆっくり歩きなさい。ですね。

そう、「なるようになる」です。

「なる」というのは、自然にそうなるだけではなく、もっと濃密で必然的な実りも意味します。
だから「なるようになる」といえば、まことに正しい実りに向かう、事のなりゆきを示します。
こんなりゆきに身をまかせることが、本来の日本人の生き方だったんです。

この「なるようになる」は、人間が人間関係のなかで生かされて生きること。
きわめて感覚的で無意識な態度のようでありながら、実は適切な判断をしているのだと思います。

このことは仏教でいう、「他力」を思い浮かべればわかりやすいです。

他力とはそもそも阿弥陀さまにお願いして頂戴した力でした。
それがやがて「他人本願」といって、やたら他人だのみをすることになったから誤解されます。
本来は、他人を阿弥陀さまのように尊敬し、信頼し、自分の努力をつくしたうえで、さて他人さまの力をたよるのだから、「生かされて生きる」というばあいも、同じように、人間関係に自分の力をつくさなければなりません。


私たちはもっと大きな人間信頼のうえで生きたいですね。
自分への信頼をしっかり持って。
自分を信頼していれば、こまかな勝負にこだわらなく、自信をもって生かされ生きればいいのです。


んー!
自分に言い聞かせながら書きました。
ありがとうございます。