倭姫命(ヤマトヒメノミコト)をご存知ですか?

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倭姫命(ヤマトヒメノミコト)をご存知ですか。
私がとっても気になる命です。

天照大御神を祀る伊勢の神宮(皇大神宮)は、今から二千年以上もの昔、第十一代垂仁天皇の皇女・倭姫命によって創建されたといいます。

 

和の心 20131123 倭姫命2

 

倭姫命は初代御杖代(みつえしろ)である豊鋤入姫命(トヨスキイリヒメノミコト)(第十代崇神天皇の皇女)が歳をとられたため、その後を引き継がれました。
御杖代というのは天照大御神の御霊代(御神体)を身に託され、神を祀り、神の言葉を取り次いだ巫女のとうな存在で、斎宮(いつきのみや)とも呼ばれていました。

それ以前、天皇家の祖先神である天照大御神は天皇の住まわれる高殿に祀られていました。
それがなんらかの理由で高殿とは別の場所に祀ることになり、ふさわしい場所を探して、都を離れて二人の長い旅が始まります。

現在、、元伊勢として有名な天橋立にある籠神社は、豊鋤入姫命が還幸された場所といわれています。
その他にも「伊勢の五十鈴川の川上」に至るまでの巡行の途上に残された宮跡は、元伊勢として今に伝わる地も数多いです。

水曜日は倭姫命がご巡された、22(あってるかな)の地を巡ってみたいと思います。
実際には、私もその地を訪れたいのですが、今のところかなわず、調べたお話でご容赦願います。

この巡行の最後になりますが、巡行の主人公、倭姫命の宮「倭姫宮」は伊勢市の楠部町、皇學館の西にあります。

意外なことに倭姫宮の創建は新しく、大正12年(1923年)のことです。
天照大御神の御杖代として大和から伊勢へ一生をかけてご巡幸され、神宮本宮はもとより数多くの摂社末社を定められ、神田や御料、祭祀のあり方など神宮の基礎を築かれた方であるにもかかわらず、それまでお祀りする宮がなかったのです。
そのため神宮の関係者や地元の人々の熱意によって、内宮と外宮の間の倉田山の御鎮座の運びとなったそうです。

よかったですね。

(参考:神話のおへそ・倭姫の旅)

 

 



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