ひらがなでよめば日本語のふしぎがわかるんですよ。

 

ひらがなでよめば日本語のふしぎがわかるんですよ。

水曜日は、私の大好きな中西進さんの著書「日本語の不思議」
「日本人の忘れもの」、ためになることがいっぱい書いてあります。
少しでもご紹介できたらと思います。

和の心 舞子 化粧

 

人間はことばで考え、ことばで表現するので、日本人とは何かを真剣に考えるとき、ことばが最も確実な手がかりとなります。


日本人は「あいまい(曖昧)」だ、とよく言われますよね。
この「あいまい」は中国語を借りたものです。
本来の日本人とは無縁のものでした。
もともと、「あいまい」という概念は日本人になかったのです。

今日、私たちは漢字とかなを交えてことばを書きます。
その時の漢字とは中国からの借りものですから、漢字で日本語を表現した瞬間に、もう日本人古来の考えからずれてしまいます。
なかには漢字のあて字というものまであって、まったく違う意味になってしまうものもあるのです。
反対に、かなで書けばことはすむのかというと、さっきほどの「あいまい」のように、本来、漢語のものもあります。

そもそもの日本人の心を知るために、まず漢字を取り払ってみましょう。
「は」とは、歯でも「葉」でも「端」でもあるのですから、「漢字で書くと別だ」という考えを捨ててみましょう。

それが「やまとことば」です。
「やまとことば」とは学校で習った音と訓の訓がほぼ「やまとことば」です。

たとえば「化粧」、中国語として入ってきました。
やがて「やまとことば」の「けはひ(けはい)」ということばができました。
それではそれ以前はお化粧はしなかったのかというと「よそほふ(よそおう)」といいました。
「よそほう」には仮装のような要素がありますよね。
本来、お化粧という行為が魔除けだったことも、この語は含んでいます。
魔除けが美装になったうえで「やまとことば」が誕生するのです。

こうしてみると、日本人本来の心がいかに豊だったかがよくわかります。
また、今日、自然科学的に認知されたことを、千年も前にやっていたこともわかって、びっくりします。

そして、近代ヨーロッパ人の考えを基準とする今日の思考と、はなはだしく違っている点にもきづきます。

先ほどの「は」、今日ではそれぞれ別物です。
ところが、古代の日本人は同じものと考えていました。
非科学的だとは言わないでくださいね。
同じ立場や役割をもつものを一つの単語でよび、ものとして、形態が違っていても区別しない。
という考ええ方なのです。

分解したがる現代人ですが、とても大事な考え方ではないでしょうか。

それでは次週より具体的に見ていきましょ。
先ずは「め みみ はな」からです。
面白うそう!!