茶道、藪内流の若宗匠、福田竹弌(いつ)さんです

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金曜日は素敵な和の人をご紹介させていただいてます。

和の素敵で、夏よりいっぱいご縁をいただいているのに、ちゃんとご紹介したことがありませんでした。
ごめんなさい!
改めて、ご紹介させて下さい。

 

和の心 藪内流 若宗匠

茶道、藪内流の若宗匠、福田竹弌(いつ)さんです。

藪内流の七代、福田随竹庵。
着物、袴を着、初めて茶会で皆様の前に出たのが三歳の頃。
名は龍之介 号を竹弌と申します。

私たちは、いつも気軽に「若宗匠」と呼ばしていただいてますか、まだお若いのにしっかりされていて、お茶の道をもっともっと多くの人に嗜んでいただきたいと日夜活動をされています。

そのご縁で、和の素敵のなにもなかった空間からお茶を楽しめる催しを一緒にさせていただいています。
(今は、簡易ながら畳は入りましたけど)

そんな彼の手記より

茶というのものは、何か一つを取って語れるものではなく、茶を点てることに関するあらゆる要素が絡まり合った全体像で見ればある種掴みどころのない世界である、と正直に申しますとそのように感じています。
それは私がまだまだ勉強不足という事が大いにあると存じております。
ただ、おおよそ五世紀にわたって、その時代に生きた生身の人間が伝えてきたものと思うと、たとえ一生勉強しても、とても掴みどころを見出せるものではない、というのは当然の事なのかもしれません。
その中で、茶のもつたしかなひとつの魅力は、やはり人と人との繋がりであると、改めて認識しています。
それは古くから言われてきた事ではありますが、例えばお稽古に目を向けてみても、本当に一人ひとり、普段はそれぞれ違った世界で活躍されている方が、ひとたび茶室に入ると同じ目線で茶を楽しまれているーーその皆様の姿を拝見すると、茶という存在の大切さ、その魅力を実感するのです。
ー途中省略ー
控えめで内気な日本人気質。
一期一会という言葉も、それでも人との繋がりを心から大切にし、茶室に寄りあい茶を嗜んだ時代では、今よりもっともっと重い意味をなしていたのではと思います。
人との繋がりが減りつつある今、こちら側からそれらの大切さ、素晴らしさを発信していかなければならない時ではないでしょうか。
それぞれに過ごす世界から茶会へ入り、世代や職の垣根なく共にその繋がりを楽しみ、茶を喫し、茶室を出るとまたそれぞれの世界へ帰っていく。
世の中が変わるほどに、まるで異次元のような空間と時間に浸かる、という原点い近い茶の存在意識が、なお一層大切になってくるのだと感じています。

いかがですか、素敵な若宗匠でしょ。
いっしょにお茶を楽しみませんか。
https://wanosuteki.jp/category/event

(写真:http://ameblo.jp/blue-blue-water/entry-11611513302.html



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