倭姫命 第四話です。

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倭姫命(ヤマトヒメノミコト)をご存知ですか。
私が一緒に旅をしたかった素敵な命です。
天照大御神を祀る伊勢の神宮を創建されたというのが倭姫命です。

第四話です。
琵琶湖を渡り、美濃、尾張から伊勢へ。

足元に寄せては返す波、どこまで続くとも知れない茫洋たる水の原ーーー。
古くは「近淡海(ちかつおうみ)」と呼ばれ、旧国名「近江」の由縁ともなった日本最大の湖。
青垣山めぐる大和国から野を超え山を越え、「世記」によれば巡行の旅に出て十六年、初めて琵琶湖を目にした倭姫命は、どんな感慨を抱いたでしょうね。

伝承によれば「甲可日雲宮(こうかひくものみや)を後にした倭姫命は、野洲川を舟で下って琵琶湖へ至り、そのまま湖へ漕ぎ出して巡行されたといいます。

琵琶湖東岸を縦横に流れているのが天野川、一行はこの川を遡っていったといわれています。

天野川近くの坂田神明宮は「世記」の淡海国「坂田宮」跡とされています。
太鼓橋がかかる風情がある神社。
伊勢の神宮と同様、千木の先の削ぎ方が異なる内宮・外宮の神明造の両本殿が仲良く並び建っています。

たおやかな湖水の情景に別れを告げ、一行は東へ進路をとります。
伊吹山南麓を抜けて、倭姫命の次なる遷幸地である美濃へと向かわれました。

美濃国「伊久良河宮」跡とされる天神神社(てんじんじんじゃ)
どこか神聖な空気が漂っており、社殿の奥に小さな神明宮と倭姫宮があります。
その前に祀られているのは、古代祭祀で神の依り代とされた一対の「御船代石(みふなしろいし)」。

倭姫命の一行は、美嚢国から揖斐川を舟で尾張国へ還幸し、さらに川を下って伊勢国へと入られました。
(参考:神話のおへそ)

奈良の三輪山の麓から還幸の旅に出て十六年たって琵琶湖へ。
「どこまで続く、この還幸」って倭姫命は思ってたでしょうね。

 

 



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