和服のしぐさとふるまいは素敵ですね。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

 

和服のしぐさとふるまいは素敵ですね。

きものは特別な日のものーーー世の中にそんな感覚が広まったのはいったいいつの時代からなのでしょうね。
食べ物にもご馳走と普段の食事があるように、きものにもハレの日と普段着があるのに。

 

和の心 きもの素敵

明治のはじめぐらいまでの日本では、身分の高い人から庶民まで普段着といえばきもの。
優雅にそそとして歩いている姿がそこにあったのです。

何気なく出てしまう普段のしぐさには、いじわるなほど自分自身がはっきりと見えてしまいます。
ほんの少しのあいだならなんとかごまかせても、数時間ともに過ごす機会になれば本当の姿すべてがあらわれます。

ちょっと気をつけてみたからといって身につくものでもないというところがミソ。
長い年月の積み重ねであるからして恐ろしい。
ただ、身につかないからといって日々を怠れば、あっという間に身につくのがだらしなさ。

いつかあこがれの人のように素敵な立ち振るまいが少しでも身につくことを信じて、うまくいかなくても、自分をせめずにきがついたらまたはじめるという具合にくりかえしていく。
そんな風に鍛えてゆくしかないといつもため息をついています。
美しく見える所作のひとつひとつ自体は実はそれほど難しくありません。
上手にふるまう共通のポイントは手の先、足の先の感覚まで意識を向けていることだと思います。
習慣ということばに置き換えてしまえばそれは簡単のようですが、問題はどれだけ持続できるかということ。
あっという間にその意志は忘れ去られ、はっと気がつくと慣れ親しんだ習慣に戻っているという悲しい現実。

「背筋をピンとしなさい。手をそろえなさい。不機嫌な顔は損しますよ。ひざをとじなさい。」
小さい頃、親が日々、投げかけてくれたのを素直に聞いていればこんなに苦労をしなかったのにと思えど時すでに遅し。
両親がずっとお小言を言ってくれていたことには今は感謝しつつ、せめて恥ずかしくない程度のふるまいやしぐさは身につけていたいと願っています。

(文:おうちで楽しむにほんの習わし・広田千悦子)

きものって日本人の魅力を最大限に引き出してくれますね。
その人だけが持つ個性や魅力を最大限に強調し、素敵に見えるように体を包む不思議な底力を感じます。

ある種の制限が、もしかすると日本人の特質を作りあげてきたもののひとつに違いないと思えてきます。

(写真:「所作事」中村勘九郎の「春興鏡獅子」(松竹提供)

和の素敵 http://wanosuteki.jp/



  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

Translate »