暦とは?

 

日本では、明治の初めごろまで太陰太陽暦が使われていました。

明治6年の改暦で、太陽暦に変更。

そこで「新暦」である太陽暦に対する言葉として、太陰太陽暦を「旧暦」と呼ぶようになりました。

 

 

 

 

 地球が太陽を一巡りするのは、365.25日

月は29.5日で地球を一巡りするので、1年で11日の差が出てしまいます。

そのため、月の運行を追った太陰暦を使っていると、徐々に暦と季節がすれてしまい、暦ではまだ1月なのに、夏のように暑さを体験するようなことになってしまうのですね。

そこで旧暦である太陰太陽暦では2~3年に一度、閏年(1年が13ヶ月になる)をもうけて、季節と暦を調整しました。

 

それでは明治の改暦の時は、どうやって行ったのでしょうか?

明治5年11月9日、明治政府は改暦の詔書を発布、来る12月3日を明治6年1月1日にするという、太政官の布告が発表されました。

猶予期間が、わずか22日、一年で一番忙しい12月がたった2日しかありません。

当然、国民は大混乱、政府の官史たちも寝耳に水の驚きだったそうです。

改暦は、日本の近代化にとって大きな役割を果たしたことは確かですが、新暦では、1月7日に野草の春の七草はなく、7月7日の七夕の日には、梅雨の真っ最中で星を見ることが難しい・・・など、日本の季節感にずれが生じる結果となりました。

 

太陽暦とは

地球が太陽を一回りする時間を1年とするもの。

季節の流れに調和した暦法です。

しかし、月の満ち欠けの周期は考慮してませんね。

 

太陰太陽暦とは

太陰とは月のこと。

月と太陽の運行をとり入れた暦法です。

太陰暦に、太陽暦の要素(二十四節気など)を取り入れて作られており、日本では飛鳥時代から採用されていました。

 

太陰暦とは

月の満ち欠けの周期変化を基準とした暦法です。

季節の移り変わりに月日が合わなくなる難点があります。

今でもイスラム圏で使用されています。

 

 

 

 

江戸時代には、商人たちに重宝された「大小暦」や、伊勢神宮のお札と共に全国の檀家に配布された「伊勢暦」など、独自の暦もあったそうです。

暦は、現代の生活でも、なくてはならないものですが、あくせくした時にとらわれることなく、周りの自然を見ながら自然の移り変わりを感じ、四季を楽しんでいくのも良いものですね!

(入門 日本の旧暦と七十二候:参考)