日本人ならではの茶文化

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日本人ならではの茶文化

和の心 2014.01.19

お茶にする、お茶を濁す・・・などお茶にまつわる慣用句は多いですね。
それだけ日本人の生活に根付いてる証拠です。
茶の木はツバキ科の常緑樹。
中国原産で、日本にはおそらく遣隋使か遣唐使が8世紀ごろに持ち帰ったとされてます。

ご存知の方も多いかもしれませんが、英国の紅茶、中国のウーロン茶、日本の緑茶はいずれも同じ葉の葉っぱ。
風味の違いは、摘んだあとの加工によります。

平安期は茶の葉を蒸して固めた「固形茶」(粉末にして煮だしてから飲む)。
鎌倉期は粉末の「抹茶」を湯でかくはんしてそのまま飲みました。
「煎茶」は江戸期から現代まで続く飲み方で、葉を湯に浸して飲みます。

さて、抹茶。
臨済宗の祖となった栄西を抜きに語ることはできません。
宗から持ち帰り、「二日酔いに悩んでいた鎌倉幕府三代将軍の源実朝に献上したところよくなった」と史書「吾妻鏡」にあります。
当時、茶は貴重な薬だったのですね。

やがて日本での茶の栽培も増え、室町期には「唐物」と呼ばれた中国の舶来品を鑑賞しつつ茶を飲むを言う、サロン的な楽しみ方が広がるようになりました。

このころから茶は薬から文化へと変わっていきます。
のちに千利休によって大成された「わび茶」の始祖は、15世紀初めの僧、村田珠光です。
一休さんこと大徳寺(臨済宗)の住職・一休宗純に学んで「茶禅一味」の境地をひらき、その流れを受けた茶人・武野紹鴎を経て利休へと引き継がれていきました。

江戸期には武士の教養だった「茶道」は、明治期に岡倉天心が英語で名著「茶の本」を出版。
日本の伝統文化として世界に紹介されることになります。
一方、煎茶も江戸中期の僧・売茶翁(ばいさおう)に始まる「煎茶道」があり、明治にかけて文人のたしなみとして隆盛しました。

茶文化は、輸入素材を上手にアレンジして独自の完成品にしてしまう、日本人ならではの産物ですね。
(参考:産経新聞 読めばあなたも教養人 茶道)

 

 



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