さて、今日は茶道の歴史

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さて、今日は茶道の歴史

和の心 2014.01.18

茶道の歴史は約800年。
縄文~奈良時代には、お茶自体はもう飲まれていたみたいです。
鎌倉時代、禅宗を学びに中国へ渡っていた僧侶栄西が、禅宗とともに、抹茶を飲む習慣(喫茶文化)を持ち帰ってきたのが始まりとされてます。

各地でお茶の栽培が広がり、鎌倉~室町時代にかけて、武士の娯楽のひとつに「闘茶」という遊びが流行しました。
お茶の産地当て比べというところです。
でも、闘茶は賭博性を帯びてきて、後に禁止令が出ました。
この頃に「茶会」という言葉も生まれました。

ちなみにこの頃、京都・東寺南大門の門前で、茶売人がお茶をたてて売る「一服一銭」が登場し始めました。
上流階級だけではなく、庶民にも喫茶文化が広がっていきました。

戦乱の世、武士にとっても死の緊張感を癒やす茶会は、精神のバランスを保つのにちょうどよかったのかもしれません。

この頃の茶会は、禅の考えや作法は軽視し、大勢が茶を介して集まる「茶寄り合い」でした。
豪華な掛け軸や花、高価な茶器を鑑賞しながら茶を飲む華やかな会は「東山風」と言われてました。

その風潮を一変させたのが村田珠光。
珠光は質素で禅宗の礼法を重んじたわび茶の精神を説いた最初の茶人です。
珠光の精神を受け継いで、わび茶を大成したのが利休。
珠光以降、「茶の湯」は遊芸から、武士の社交術に変化していきました。

そして江戸時代では流派を分けながら、地方にまで広がりを見せます。
身分の上下を問わないわび茶に対して、武家社会特有の「大名茶」「武家茶道」など、茶の湯のさまざまできました。
茶の湯の全盛期です。

明治以降には一度衰退もしましたが、女子教育の一つに取り入れられ、現在では海外でも注目の文化となっていますね。

主な茶人の系譜と流派は
村田珠光から武野紹鴎(たけのじょうおう)、紹鴎の弟子に三宗匠と呼ばれる今井宗久・千利休・津田宗及、そして藪内流の祖、藪内剣仲がいます。
千利休から千小庵、千宗旦と続き、宗旦の息子たちが、次男千宗守・武者小路千家、三男千宗左・表千家、四男千宗室・裏千家と三千家をたてました。
また、千利休の弟子が古田織部、その弟子が遠州流の祖、小堀遠州とつながります。

他にも流派はいくつかありますね。
宜しければこちらから
http://www1.odn.ne.jp/~cas30550/chanoyu-j/frame-c.html

難しく考えずにお茶を嗜んでみませんか。
そして、一度お茶会に出てみてください。
いろんなことを感じますよ!



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