お茶は日本文化への扉。

 

お茶は日本文化への扉。

和の心 2014.01.21 茶釜と柄杓




茶道は総合芸術、千利休は芸術プロデューサーとはよくいわれますが、さていったいどういうことでしょうか。

茶室や茶道具には国宝に指定されているものも多いですが、経験のある人もない人も、ちょっとお茶会のようすを想像してみてください。

まずお客さまは露地を通って茶室に入ります。
茶室に漂う香の匂いを楽しんで、床の掛け軸や飾られている花を観賞して、茶碗で茶をいただき、お菓子を食べます。
茶道具を拝見して、ときに茶釜の下の炭の具合を見て、湯の沸く音すら「松風」と呼んで鑑賞します。

そう、茶の湯のありとあらゆる部分に日本の芸術と文化が存在します。

では、何か一つを入り口にしてみましょう。
建築が好きなら、露地や茶室を眺めてみる。
きっと、狭い空間を広く雄大に見せる工夫が見つかるかも。
茶室に座ったら、土壁や天井はひなびた風情だろうか、それとも端正な趣だろうか。
そこには作った人の意図があります。

焼き物に興味があるなら、茶入れや茶碗を手に取ってみる。
土や塗り薬の風合い、大きさやかたちもさまざまでしょう。
手触りや色、デザインが気に入ったものはありませんか。

「銘(めい)」を楽しむという手もありますね。
茶入れや茶杓、茶碗などは素材や形とは別に、たとえば「無一物」「初花」など固有の名が付けられいることも多いです。
菓子も、季節や干支、節句などにちなんだデザインや色が工夫され、そこから連想ゲームのように楽しんでみるのも楽しいです。

「数寄を凝らす」ということばがありますが、意味は風流を尽くすこと。
茶人を数寄者と呼んだりもします。
茶道を学ぶことは、とてつもなく広い日本文化の戸を開けること。
入り口は多いですが、入ると広く奥深いです。

史実かどうかは定かではないですが、豊臣秀吉が利休に切腹を命じたのは、楽茶碗の赤と黒という好み、さらにいえば美意識の違いからくる対立があったという説があります。
もしそれが理由の一つだとしたら、利休は芸術に命を懸けたといえるかもしれませんね。


先日のお茶会で、音のない空間に聞こえてくる音。
畳をする音。
炭の燃える音。
湯の沸く音。
袱紗をさばく音。
柄杓を落とす音。
茶をたてる音。
どれも素敵でした。

お茶は本当に素敵です。
みなさん、ぜひともお茶を楽しみましょうね。