生駒 高山の「茶筅」をご存知ですか

 

茶筅の90%が、生駒高山で生産されているってご存知でしたか?

 

先日、事務所に畳ひいて簡易ですが茶の湯ができるようにしようよって話していたら
「知ってるか、茶筅は生駒高山で90%は作られてるんだぞ」って教えてもらいました。

 

 

 

茶筅は室町時代、鷹山城主大煩介源頼秀の弟の民部丞入道宗砌(そうぜい)によって創作されたと伝えられています。


宗砌は親密な交際のあった、茶道の祖、奈良称名寺の村田珠光が茶の葉を粉末にして飲むことを考案し、親交のあった宗砌に依頼したといいます。
依頼を受けて、山間に密集していた細く質の堅い淡竹を加工して造りました。
それを後土御門院に献上したところ、その精巧な出来栄えを激賞され「高穂」(たかほ)の銘を下されたそうです。
珠光、宗砌は感激して帰り、村民に伝えると、勧喜する村民は以後村名の鷹山を「高山」に改めました。
高山家がその後兵変て落城した後は、家臣は武士から離れて茶筅師となってその技を秘伝として今日に伝えています。

 

上等な茶筅には古い竹が使われています。
それらの竹は、藁葺き家の囲炉裏の火とかでいぶされて独特の色合いと、縄のあとだけ色がついていない景色があって、200年くらいいぶされているものがあるそうです。


この時代、このような茶筅を作ることは困難になってきているのでしょうね。